【都市伝説】機関車とミイラ

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378 : 粉[] 投稿日:2012/10/04(木) 03:00:10.70 ID:fVPnHJde0 [1/2回(PC)]
機関車とミイラ 

「ミイラ取りがミイラになる」という諺があるが、 
このミイラ取りというのは、考古学者では無くミイラを取りそれを売る業者のことである。 
ミイラはどうなるのかというと、見世物小屋など飾られり「ミイラの解体ショー」などで切り刻まれ、 
最終的には粉末にして薬として売られた。 

産業革命以後は、薬としてのミイラの利用が減少するが今度は燃料として注目される。 
蒸気機関車の燃料として一般人ものを含めた大量のミイラが使用された。 
防腐剤として松ヤニなどが染込んだミイラは、十分に石炭の代わりになったのだ。 
「このミイラは燃えが悪い。貴族のミイラをもってこい」 
貴族のミイラには松ヤニなどが、ふんだんに使われていたのでよく燃えたのだという。 
石炭が安価になると、ミイラの価格も下がりやがて取引は無くなったのだが、 
今度はオカルトとして注目される。1970年代にはニューヨークで、 
「本物のミイラの粉末」が一オンスあたり40ドルという高値で取引されていた。 

【都市伝説】首なし鶏マイク

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313 : 309-311[sage] 投稿日:2012/08/06(月) 23:17:02.96 ID:6xN4lhfFi [1/3回(iPhone-SB)]
首なし鶏マイク 
コロラド州の農家ロイド・オルセンの家で、1945年9月10日に夕食用として1羽の鶏が首をはねられた。 
その鶏は首の無いままふらふらと歩き回り、それまでと変わらない羽づくろいや餌をついばむようなしぐさをし始めた。 
翌日になってもこの鶏は生存し続け、その有様に家族は食することをあきらめ、切断した首の穴からスポイトで水と餌を与えた。 

翌週になって、ロイドはソルトレイクシティのユタ大学に、マイクと名づけた鶏を持ちこんだところ、マイクの頚動脈が凝固した血液でふさがれ、失血が抑えられたのではないかと推測された。 
また脳幹と片方の耳の大半が残っているので、マイクが首を失っても歩くことができるのだという推論に達した。 

結果、マイクはこの農家で飼われることになったが、首の無いまま生き続ける奇跡の鶏はたちまち評判となり、 
マイクはマネージャーとロイドとともにニューヨークやロサンゼルスなどで見世物として公開された。 
話題はますます広がるとともに、マイク も順調に生き続け、体重も当初の2ポンド半から8ポンドに増えた。 
雑誌・新聞などのメディアにも取り上げられ、『ライフ』、 『タイム』などの大手に紹介されることとなった。


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【心霊怖い話】「おにいさんコレなんだい?」

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287 : 本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2012/07/10(火) 00:03:14.82 ID:B2tbgo9c0 [1/3回(PC)]
数ヶ月前に知人から聞いた話 
その知人とは仕事で数日間だけ一緒に仕事した仲なんだが休憩中に怖い話の話題になって 
その場にいた数人で実際体験した怖い話を話していく事になった 

その知人は話す前は「そんな怖い体験とかしたことないよー」と言っていたが周りが話すにつれて思い出したので話す、と言う感じだった 

その知人が20歳くらいの頃、今から10年近く前の話 
友人と2人ですることもなく家でダラダラしていたがつまらないのでドライブでも行くか、と知人とその知人の友人の2人で8時頃ドライブに家を出た 
そうして2時間ほど車を走らせて山の峠道を走っていた頃、急に霧が出てきて視界が悪くなり自分たちがいる位置が分からなくなってしまった 
ラジオも届かず困ったがそのまま止まっていても埒が明かないので事故らないようにゆっくり車を進めることにした 
15分ほど車を走らせると目の前にトンネルが見えたきた


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【都市伝説】無名祭祀書=黒の書

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281 : 本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/07/07(土) 15:17:36.10 ID:kkBETpoG0 [1/2回(PC)]
無名祭祀書=黒の書 
著者であるフォン・ユンツトが世界中を回って見聞した、クトゥルフ、ヨグ=ソトース、ツァトゥグァ、ガタノトーア、シュブ=ニグラス、イグといった 
恐るべき神々にまつわる古代信仰、秘密の宗派、さまざまな伝承、忘れられた言語などについて記されている。 

本書には三つの版が存在するとされる。 

ドイツ語の初版(無削除版)は、『黒の書』とも呼ばれ、1839年にデュッセルドルフで刊行されたクォート判(四つ折り版)の本である。 
これは鉄の留め金のついた革製の装丁がなされており、発行部数が少なかったことと所有者たちが焚書にしたことにより、現在、 
ヨーロッパとアメリカの図書館に全部で6部しか残存していない稀覯書となっている。出版後、ただちに発禁処分とされた。 

第二の版は、1845年にロンドンのブライドウェル社から出版された英訳の海賊版である。翻訳者不明だが誤訳が多いとされ、多くの 
グロテスクな木版画が収められている。公的、あるいは私的なコレクションに少なくとも20部が現存していることがわかっている。初版と同じく、 
出版されてすぐに発禁処分となっている。 

第三の版は、1909年にニューヨークのゴールデン・ゴブリン・プレス社から出版された英訳の削除版である。 
これにも誤訳、誤植などの間違いが多数存在するが、廉価な八つ折り判であったこともあり、比較的多く現存すると考えられる。 

フォン・ユンツトは本書が出版された翌年(1840年)に、施錠され、閂で閉めきられた部屋の中で、 
ひき裂かれた未発表草稿とともに、喉にかぎ爪の跡が残った絞殺死体となって発見された。 

またその後、彼の友人アレクシス・ラドーによってこの破られた草稿が復元されたが、ラドーは草稿を読み終えた後、即これを焼却し、自らの喉をカミソリでかき切って自殺した。

【東北の心霊スポット】大籠地区は日本有数の隠れキリシタンの里である

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270 : 本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2012/06/28(木) 22:51:52.41 ID:oU9e8f7l0 [1/1回(PC)]
岩手・宮城にまたがる大籠地区は日本有数の隠れキリシタンの里である 


大籠地区には、かつて砂鉄を原料としたタタラ製鉄で炯屋(どうや)が数多くあった 
永禄元年(1558年)、技術者として千松兄弟を吉備の国から呼び寄せたが、実はこの千松兄弟がキリシタンであったのだという 
これ以後、さらに炯屋が増えるとともに、人々の間に着々とキリスト教が広まっていった 

しかしその後、徳川幕府がキリスト教の禁教を命じた結果、この地で実に300余人が殉教したという 
当時日本屈指の大大名であった伊達藩領内だからなのか、その弾圧は徹底的であり、また凄惨なものであった 


この地が、島原・天草に代表される他の隠れキリシタンの里と違うのはその処刑場跡の多いことである 

この地区の中だけで刑場跡は十数箇所もあり、そのいずれにも供養のために地蔵が建てられている 
不思議なことに、処刑場の地蔵の首は何度付け替えても繰り返し落ちるのだそうである 
ついには諦めて首がなくなったまま放置された地蔵も多いが、そんな場所がのどかな農道の傍らに 
ゴロゴロある光景は筆舌に尽くしがたく異様で不気味である 

また、この刑場跡は、やはりというかかつては亡霊に悩まされ、夜な夜な男女の悲鳴が聞こえてきて一睡もできぬ有様だったという 




俺もここに一度行ったが、あの時が止まったような、異界としか表現できない雰囲気は体験してみなければわからぬ 
異世界度は個人的には同じ岩手県内にあるかの慰霊の森すら遥かに凌ぐ。知る人ぞ知る隠れ里である

【人間の怖い話】中国でかつて行われていた奇習

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103 : 粉[] 投稿日:2012/04/21(土) 21:11:53.39 ID:Pyr5oiq90 [2/2回(PC)]
纏足 

中国でかつて行われていた奇習。女性の足を縛り極小化した奇形をつくりあげる。 
後宮に入った女が自分の足で逃げられないようにするため宮廷から広がったともいわれる。 
纏足の手法は様々であるが、骨を折るというようなことはせずに、基本は骨の柔らかい幼児のうちに折り曲げて 
縛るというのを三年ぐらいかけてやる。もちろん変形するまでには、魚の目や化膿などによる激痛があり 
「小脚一双、眼涙一缶」(一揃いの小さい脚を作るためには、壺一杯の涙が必要である※缶の字は違う)と言われる 
一旦、施術が完了すると女性は自らの纏足の足に大層愛着を持ち多くの手間と費用をかけて維持しようとする。 
 また、大人になってから、さらに小さい脚にするためにさらなる激痛を伴う施術をする場合もあったりする。 
纏足は、基本的にはある程度の階級の婦人が対象だが、下働きの女が小さい脚にあこがれて自分で 
激痛をもいとわず纏足にしたという話が美談として語られている。 
纏足に対する男性の感覚は、纏足そのものに対する性的な魅力が大きいという指摘がある。 
「肥」「軟」「秀」という基準があったり、纏足には視覚、聴覚、臭覚、触覚に訴える48の官能技法があると伝えられている。 
一例をあげると、纏足の先っぽのとがった所を男性が、赤子のようにしゃぶりつくというのがある。 
この時代の男性にとっては非常に性的な刺激があるという。 
また纏足をしたとしても一部では高い運動能力を維持している集団もあり纏足の足を操った格闘技も存在していたという。

【心霊怖い話】R村の橋

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99 : 本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2012/04/21(土) 16:14:39.43 ID:d4IPr14d0 [2/3回(PC)]
・R村の橋 
自分が住んでいる街から、車で20分ぐらい行ったところにR村という、小さな村がある。 
かなり古い村で、建物は入植当時のものが結構残っていて、教会や橋(石橋)といった 
主要なものは大概入植当時に立てられた、歴史があるものなんだ。 
しかし、こういう建築物の建設に関わったのは、入植者ではなくて罪を犯して、刑務所や 
監獄に入所させられていた、所謂「罪人」の人たち。 
だから、労働環境は酷く、そして監督する人たち(大概軍人だったらしい)からのイジメも 
結構あったらしい。 
R村の石橋もやっぱり罪人たちによって作り上げられたんだが、こんな言い伝えがある。 

「雨の降っている日には出来るだけ石橋は渡るな。もし渡っても決して立ち止まるな。 
 人影を見たような気がしても、絶対に目に入れるな。 
 人影を見て、目を合わせてしまったら溺れてしまう」 

まだ橋が建設段階のときに、罪人があまりの監督者のひどさに、クーデターを起こして 
大雨の日に、監督者を川に蹴落とし、おぼれさせて殺したことがある。 

だから、雨の日にそこに行くと、監督者の亡霊が橋の上に佇んでるんだと。 
そして目があえば道連れに連れて行こうとするんだってさ。

【都市伝説】ルガッソー海

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84 : 粉[] 投稿日:2012/04/07(土) 08:07:49.52 ID:OGIUl3Kh0 [2/2回(PC)]
サルガッソー海 
メキシコ湾流、北大西洋海流、カナリア海流、大西洋赤道海流にと言う 
海流の流れに囲まれた長さ3000キロ以上、幅1100キロ以上になる海域。 
これらの海流が時計回りに回って巨大な渦を作っているため、この海域は潮の流れが無い状態となり、あらゆる浮遊物が流れ込み滞留している。 
特に数百年にわたってサルガッスムと呼ばれる海藻類が密集してそれらが絡み合い、潮の流れのない無風状態が続くとそれらが 
半液体状になるまでになってしまい「粘りつく海」ともよばれることがある。 
帆船の時代はまさに魔の海域であった。もともと風の弱い亜熱帯に属しているうえに、潮の流れも無くなると 
その粘りついた海からに足をとられた帆船は、数週間は身動きがとれなくなるということが常だった。 
船乗りは乗員の食糧保全のため、飼料を消費する積荷の馬を捨てる、あるいは食べてしまわなくてはならなくなるので 
「馬の緯度」と呼ばれ忌み嫌われた。 
この海で風に恵まれず立ち往生してしまうと、何週間も動けずにいる間に船体に海藻が絡みつき、風が吹いたときには 
既に動けない状態になってしまっていることがあったという。そのため船乗り達は水と食糧の不足でしばしば全滅したという。 
船員が死に絶えて無人となった船は、無人のまま長い間この海域を彷徨うことになる。 
やがてはしだいに朽ち果ててゆき、最後には海藻に付着して一緒に流されてきたフナクイムシに 
船体を食い荒らされて沈んでいくという。 

現在でもこの海域は、小型の船舶にとっては危険でサルガッスムがスクリューに絡まってしまうと 
そのまま動けなくなることがあるという。そうなると自力で脱出することは厳しくまた岸に流れ着くこともない。 
何らかの事情で救難信号を発することが出来なければ、船は乗組員が死に絶えた後も 
そのままその海域を漂い続けていることになるという。 

【都市伝説】デスバレーの動く岩

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76 : 粉[] 投稿日:2012/03/27(火) 23:55:50.24 ID:DRPQ5d2l0 [1/1回(PC)]
デスバレーの動く岩 

米国カリファルニア州のデスバレー国立公園に奇妙な石がある。干からびた大地の上に点在する数十個の石に、 
それぞれてんでバラバラに引きずられた後がついているのだ。近年では、監視する取り組みもおこなわれているが、 
その瞬間を見た人は誰もい。ただ気がつけば石が動いた軌跡のみが残されているという。 
 このことは古くら知られており、1948年には地質学者ジム・マクアリスターらが、 
エリアの岩盤をマッピングしその謎を探ろうとした。国立公園の博物学者たちも、 
この謎に取り組もうとさまざまな記録を残している。 
 現在有力な仮説として、ジョン・リード博士の説がある。このデスバレーで、 
冬季に雨が降ると浅い湖が出来て、夜になると表面に薄い氷が張という事から、 
その氷が石に付いて地表からわずかに意思を浮かせ、そこに強風が吹くと石が移動することになるのではないかという説である。 
 しかし、それにしては石の軌跡がそれぞれに違い、時には蛇行したり、鋭角に曲がったり、 
また逆方向へ進んでいたりするという説明をするためには、 
それぞれの石に違った方向から吹く風が当たらないと説明がつかず、完全な説明とは言われていない。 
 この問題は、今なお全米の科学者たちを悩まし続け、 
今でもあらたな実験や仮説が提唱されては消えていく状態であるという。

【心霊不思議な話】Taman Shud事件

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69 : 粉[] 投稿日:2012/03/25(日) 03:08:06.66 ID:AP0EpHqV0 [1/2回(PC)]
Taman Shud事件。  

 オーストラリアでは史上最も不可解な未解決事件の一つとされる。 
1948年12月1日にオーストラリアの海岸で身元不明の男性の遺体ず発見された。 
夏の暑さにもかかわらずセーターとコートを身につけていた、この奇妙な死体は、 
身元を表すようなものは一切持ち合わせておらず、 
捜査機関が歯科治療記録や指紋などを調べたのだが、身元を特定するに至らなかった。 
 ただ近くの駅で、この男性のものと思われるスーツケースが見つかり、 
そこには隠しポケットのあるズボンが収められていたという。警察が、この隠しポケットを調べ、 
中から、本から破りとられた「Taman Shud」と書かれたページが発見された。 
この隠されたページを調べていくと、付近で発見された鍵のかかっていない自動車の 
後部座席に置かれていた「ルバイヤート」の希少本から破られたものだという事が判明した。 
 そして、人々の興味を惹いたのが、その本の裏表紙には何らかの暗号とおぼしき文字列であった。 

WRGOABABD 
MLIAOI 
WTBIMPANETP 
MLIABOAIAQC 
ITTMTSAMSTGAB 

 この男は何らかの組織に関係するスパイだったのだろうか。 
しかし何故、希少本のページを切り取りポケットに隠したのだろうか。 
全ての謎を解くキーとなるはずの暗号は、今日になるまで、誰にも解かれていない。
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