親類の死に纏わる話

155 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[] : 投稿日:2003/04/23 01:01:00
三年前の夏、父方の祖母が亡くなった。
葬儀を終えて数日後、土砂降りの早朝、急に家のインターホンが鳴った。
それも、何度も何度も立て続けに。
俺はなんだか怖くなって親父を起こしたよ。俺だけ目を覚ましたってのも不思議だけど。
んで、とりあえず玄関を見に行こうと二階から一階に下りた途端、インターホンが鳴り止んだ。
もちろん、誰も居ない。雨降りだから人が来ると足跡が残るはずなのだが・・・・・・。
それと、その祖母の納骨の時、俺の妹が留守番をしていた。
寝ていて、ふと目が覚めた直後、電話から電話番号を入力する音が聴こえたらしい。



157 : 155[sage] : 投稿日:2003/04/23 01:15:00
これまた親類の死に纏わる話。
四年前の秋、母方の祖母が亡くなった。
亡骸を木製の桶に入れ、蓋に釘を親族が順に打ちつけるという作業があった。
葬儀を終え、家に戻ると留守電にその時の音が入っていた。
「コン、コン、コン、コン」と。泣きむせぶ声や周囲の雑音まで。
母の携帯電話の発信履歴を見ると、確かにその時間に実家へ発信した記録があった。
しかし、母は葬儀中手提げバッグに携帯電話を入れており、釘打ちの時にはそのバッグは母自身か俺が持っていた。
当然、バッグの中をいじったりなどしてないし、外側からボタンを押してしまうなど考えづらい。
母には兄弟が多数いるが、どうやら祖母は(俺の)母を一番頼りにしていたらしい。
そう思える節も、いくつか思い当たる。
葬儀の時に携帯電話を持っている人は多数居たが、そんな中で母の携帯から母の家に発信された。
偶然というには余りにも・・・・・・・・・・・・・・・。

一本杉

茨城県にあり、道路の真ん中に杉の木が一本立っていて異様な雰囲気がある。

この付近は戦時中に政治犯等々で処刑された方々を埋葬していたらしく、切ろうとすると怪死したりするらしい。

一本杉を逆走してしまうと誰かが追いかけてくるとかブレーキが利かなくなり事故にあうなどの噂がある。

地元では御神木として奉られている。

真っ黒な男

177 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[sageコピペ] : 投稿日:2003/04/30 02:23:00
私が中学生のころのお話です。
当時、実家に住んでいた私は兄弟の部屋と離れ
自分の部屋を好きに使っていました。
部屋を広く使おうと思い、隅に布団を敷き、
枕元に自分で買ったはじめてのステレオを置いて
普段は布団にねっころがりながら耳元のスピーカーから音楽を聴いていました。

あのころは携帯もなく、実家では流行のコードレスフォンを導入し、
私は夜になると自分の電話のように
部屋に持ち込み、一日中友達と電話で話していました。

ある日、部活の事情で家族の外出に同行できなかった私は家で一人、
いつもと同じように布団に横になって友達と電話をしていました。
部活の疲れが出たのか、友達と電話で話していて眠くなったので
電話を切り、部屋の電気を消して眠りにつきました。

夜中に目がさめました。季節はいつだったか覚えてません。
決して寝苦しくて起きたわけではないのですが、起きた瞬間に
体が動かないこと、頭が割れるほど痛かったことを憶えています。



178 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[sageコピペ] : 投稿日:2003/04/30 02:23:00
暗闇の中、数秒で「金縛りかな」という判断はできました。
その瞬間までは別に怖くはありませんでした。

ふっ・・と目の前のコードレス電話の緑色の通話ランプが光るのが見えました。

電話を切るのを忘れてた?違う、明らかについた瞬間を見た。
起きた拍子につけたわけでもなく、鳴ってないんですからかかってきた電話を
とった訳でもない。
間もなく電話の発信音が聞こえてきました。
プゥーーーという音の中に何かボソ。。。ボソ。。。という音が聞こえます。
耳からは少し遠いので聞き取れません。「グズッ、グズッ、」
「・・・・・・・してやれ。」
声・・・?男の声・・・・!
そう思うといきなり背筋に悪寒が走りました。
その瞬間、後頭部の方に位置する大きなスピーカーから
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザ
というノイズの轟音が堰を切ったように溢れ出してきました。
体は動かない。全身に汗が噴きだし、頭の中で「嫌だ!嫌だ!」と叫び
聞かないようにしても意識をそむけることができませんでした。
だんだんとその中に少しづつ声らしきものが漏れてくるのを聞き取れるように
なりました。
AMとFMの局の雑音が混じったような音。今でいえばダイヤルアップ接続する時の
ようなあの音。
その中に大勢の人の声が耳に入りこんでくるのです。



179 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[sageコピペ] : 投稿日:2003/04/30 02:24:00
かろうじて聞きとれたのは「ころして」「くらい」「きたよ」「でたい」「つめたい」
などの単語。
あとは読経のような抑揚のあるリズムの声。
体はガタガタ震えながらも熱く、満足に呼吸もできない状態でした。
「嫌だ!やめろ!」頭の中でずっと叫びつづけていると、
10秒ほどで雑音の中ではっきりと、一人の男の声が聞こえてきました。

「このいえのしたにいるおんなのこをはなしてやれ」

「え?」頭の中ではすぐに何を言いたいのかわからずただその言葉を反芻していました。

「このいえのしたにいるおんなのこをはなしてやれ」
「このいえのしたにいるおんなのこをはなしてやれ」
「このいえのしたにいるおんなのこをはなしてやれ」
男の声は何度も何度も繰り返され耳元で怒鳴られているかのように頭に響きました。
私は頭が割れそうな中、精一杯の声を振り絞り「やめてくれーーーー!」と叫びました。
声になっていたかはわかりません。
が、その瞬間声は止み、体は動くようになりました。



180 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[sageコピぺ] : 投稿日:2003/04/30 02:33:00
急いで部屋の電気をつけようと体をゆすって起きようとするのですが頭の痛みが
収まらず、なかなか立ち上がれませんでした。思い出し、
先程の言葉の意味を考えていると更に怖くなり涙が出てきました。
部屋に電気をつけ、カラダの震えがようやく収まってきた頃、

がたん。

部屋の階下で物音がしました。
家族が帰ってきたかも知れない。夜中の話ではありましたが、
期待感からそう思いました。なんとか立ち上がり、重い木製の引き戸まで足を運びました。
不安と期待で迷いましたが確認するためには引き戸を開けるしかなかったんです。
恐怖で指先は震えていました。ほんの少し、5ミリほど引き戸を開けると目の前の階段は
電気がついており、安心感から更に引き戸を開け、様子をうかがいながら
少しずつ扉の外に出て行きました。

が。がり。部屋で聞くよりも少しだけ音がよくわかります。
やはり下の会から聞こえてくる音でした。ただ、実家の床は木製タイル、
歩くときしむ音のように思えました。

部屋から完全に抜け出し、階段の下をうかがいましたが
下の階は暗くてよく見えません。人の気配がしたので階段を中腹まで下りてみると、
ガリ、ガリ、ガリ、ガリとはっきりした音が聞こえてきました。



181 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[sageコピぺ] : 投稿日:2003/04/30 02:34:00
家族じゃないと気付いた時にはもう手遅れでした。
全身が再び神経剥き出しになるような感覚に襲われ、
まだ終わってないんだということを強烈に思わされました。

そこには真っ黒な不透明(半透明?)の男が階段下の廊下に四つん這いになっている
姿がありました。
がり。がり。がり。がり。

真っ黒な男は両手の指で一心不乱に床を掻き毟っているのです。

真っ黒なのでどこを向いているのかわかりませんが、
上体を起こした時の仕草は確実にこちらを見ていました。

とにかくヤバイ!早く部屋に戻りたい一心で階段を駆け上ろうとすると
バタバタとその男が階段に近づいてくる音がしました。
振り返りたくはなかったので部屋に飛び込み引き戸を精一杯閉め、カギを掛けました。
音は何も聞こえなくなり、追いかけてきた気配は気のせいだったかもしれないと思い
一息つき、引き戸に耳をつけて向こうの様子を伺おうとしたその時、
戸を隔てたすぐ向こう側、数センチのところから聞こえてきました。

「このいえのしたにいるおんなのこをはなしてやれ!」

泣いているような声でした。もちろん返事などできません。
じっと黙っていると向こう側でガリガリと再びその音は始まり、
今度はずるずると階段を下りていきながら何時間も床を引っ掻いていました。

私はというと布団を抱え耳をふさぎ、その日は朝まで震えていました。
その後、その家ではしばらく一人になるのを避けつづけていました。

終わります。 

白い服を着た女の人

74 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[] : 投稿日:2003/01/22 19:25:00
先日のある夜、私は遅くまで外で飲んでいました。
12:00AMを過ぎた頃に、そろそろ帰ろうと思い、タクシー乗場まで歩いて行きました。
確かに家のある場所を指定して車が走り出すのを確認すると、ついウトウトと眠って
しまったのです。
運転手さんに起こされ、車を降りると、全く知らない風景が広がっていました。
少し酔っていたので気付くのが遅れてしまい、タクシーにも取り残されてしまいました。
仕方無く、大きな道路の灯りが見える方向にトボトボと歩き出しました。
よく見ると、側には海が広がっており何処かの工場地帯の様でした。
5分程歩くと、左手にかなり広い空き地があり、その奥に誰かが立っていました。
白い服を着た女の人が、地面を指差した格好でうなだれたまま微動だにせずに立っていた
のです。
もともと変なモノが見えたりする体質なので、ここは放っておくのが一番であろうと、
完全無視して通り過ぎる事にしました。
広い道路に出て、標識で方向を確認すると家から25km程も離れた所に居るのだと判りました。
歩いては、さすがに無理なので再びタクシーを拾う必要があります。
とにかく家の方向に向かって歩き出しました。
20分程も歩くと、片側2車線の道路の反対側にさっきの女の人が立っていました。
今度は顔をこちらに向けており、その顔は無表情でまるで死体のようでした。
当然今回も完全無視です。
そして更に30分歩いて行くと、又同じシチュエーションで女の人が立っていました。
それを繰り返すこと数回、やっとで1台のタクシーをつかまえることができました。

帰る道々、運転手さんにさっきあった話をすると同様の話でもちきりの地区だったらしいのです。

佐白山

笠間城は、天文年間(1532~1555)に宇都宮頼綱が甥の持朝(笠間氏)に命じて、築城された城であり、宇都宮一門として戦国時代まで勢力を誇った。

その後、玉生氏→松平氏→浅野氏→井上氏→松平氏→井上氏→牧野氏と、城主の交代を経て明治時代に至った。

また、この城では合戦が幾度が起こっており、幽霊が出没してもならん不思議ではない。

アンビリバボーでも、心霊スポットとして紹介されており、茨城県内でも有数の心霊スポットとして知られている。

オーストラリアに留学中の出来事

186 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[] : 投稿日:2003/05/07 07:21:00
オーストラリアに留学中の出来事

僕と他の2人で一つの家を借りて住んでいた。
ある日、僕ともう一人(A君)が居間でTVを観ていた。
日は暮れてしまっていて、あと一人(B君)がそろそろ帰ってくる時間帯だった。
しばらくして、「コツコツ」とヒールの音が駐車場に響いた。
最初は「何かの販売員か、B君が彼女でも連れてきたのか」と気にしなかった
それから暫くして、また駐車場で「コツコツ」とヒールの音が聞こえてくる。
おかしいな?とおもった俺はA君に「今、誰か駐車場にいたよな?」と訊いた
A君も確かに「誰か来たよ、女の人」といった
でも、やっぱり異常はないし、勘違いということになった
また、それから暫くして「コツコツ」と聞こえた。はっきりと
僕は「なあ、今聞こえてるだろ?」と訊いた
A君も「うん・・・」とうなずいた
そして、玄関の網戸(海外でよくあるんだが表現しづらい・・・
ドアの外に網戸のようなドアがあって二重になっている)を「ガチャガチャ」と
動かす音が聞こえた
僕は「お、帰ってきたな」と思って何も言わなかった
しかし、神経は入り口に集中していた
そしてすぐに、また網戸をガチャガチャと揺らす音が聞こえ、B君が帰ってきた
B君は、誰とも帰ってきてないし、家の近くには誰もいなかったと、彼は言った
あの音は何だったのだろうと、今でも不思議に思う

木炭幽霊

219 : あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage] : 投稿日:2003/04/12 13:24:00
木炭幽霊の話なら俺も知ってますよ。
うろ覚えなとこもあるんで、その辺は適当に補完しつつ書いてみます。

ある作家の人(名前は忘れたです)が都会暮らしが嫌になって、
どっかの山奥に小屋を建てて移り住んだんだ。
電気も水道もガスも電話もないところだ。
囲炉裏なんか作ってマターリとした生活。
麓の村に副業で炭を焼いている夫婦がいて、週に一回届けてもらうことにした。
畑を耕し、気が向けば文を綴る。
そんな平穏な日々のある夜、作家の先生は妙な物音で目が覚めた。
カリッカリッガリッ・・・
何だろう。先生は薄目を開けて覗いてみた。
囲炉裏の炎に、狭い小屋の中の様子がほんのりと浮かび上がる。
何かが壁の前にいる。
丸太にベニヤ板を打ち付けただけの、簡単な造りの壁。
その前に人のような姿が立ち、壁に向かってしきりに何かをしているのだ。
薄闇にぼうっと貼り付いた小柄な影のような佇まい。
後ろ姿しか見えなかったが、手の動きや音から判断して
どうやら壁を引っ掻いているらしいと思われた。
カリッカリッカリッカリッカリッカリカリカリカリ・・・・
観察しているといつまでもその動作を続けている。
先生は中々キモの据わった人物だったので、そのうち退屈し、
まあ、こんなこともあるだろうとそのまままた眠ってしまった。



220 : つづき[sage] : 投稿日:2003/04/12 13:26:00
朝目覚めた先生は、壁を見て驚愕した。
一面に文字らしきものが書き殴ってあるのだ。
グチャグチャで解読困難な文字の群れ。
よくよく眺めると、「殺」の字や「助」の字らしき形が見て取れた。
文字の色は真っ黒で、どうやら木炭で書いたものと推測される。
さらに、床にも木炭の粉が大量に撒き散らかされていた。
先生は興味を持った。
今晩も来るかな?
その夜。先生は小屋の四隅にランプを灯し、囲炉裏にもたっぷりと薪と炭を放り込む。
もしまた昨夜のもののけが現れたら、今度はよくよく見てやろう。
先生は目を瞑って眠ったふりをした。

どれくらいたった頃か、あの音が聞こえてきた。
カリ・・・カリ・・・カリ・・・
先生は跳ね起きようとして、自分が金縛りにあっていることに気が付いた。
ただ、目を開くことは出来る。
音の方を見遣る。昨日のあれがいた。
今日は小屋全体が随分と明るくなっているのだが、
それでもそいつの姿は影のように薄暗くしか見えない。
寝る場所を変えていたので、その夜は影を横から眺める形になっていた。
どうやらやはり人の姿をしているらしい。
影は無心に壁に何事か書き続けている。
そのうちに先生は気が付く。
そいつは木炭なんか持っていない。
自分の指を壁に押し当てて文字を書いているのだ。
その時、そいつの動きがピタリと止まった。
そして、今初めて先生の存在に気付いたかのようにゆっくりと振り向いた。
その顔は真っ黒。目鼻口があるべき場所にもぽっかりと黒い穴が開いているだけ。
焼けた肉の臭いが鼻を突いた。先生は理解した。
そいつは焼けて炭化した人間の姿だ。



221 : つづき[sage] : 投稿日:2003/04/12 13:27:00
気を失っていたようだ。
目覚めた先生は周りを見回して呆然とした。
壁といわず床といわず、天井にも家具にも、所構わず文字が
びっしりと書き付けてある。
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて・・・・・・・

先生は山を降りた。
さすがに人恋しくなったのだ。
久方振りの麓の村。
そこで先生は思いもかけない話を聞いてしまった。
炭を届けてくれていたあの夫婦が逮捕されたというのだ。
小学生の娘を過ぎた折檻で殺してしまったことで。
困った夫婦は娘の遺体を炭作りの窯で焼いて処分しようとしたのだが、
娘がいないことを不審に思った学校の担任に通報され、
焼け残った体の一部が発見されてしまったという。

では、先日夫婦が届けてくれた炭の中に・・・・
先生は凍り付いた。
そして、残った炭を集め、近くの寺に持ち込んで懇ろに弔ってもらったのだった。

幽霊石碑

昭和50年7月、茨城県守谷町(当時)の公民館の広場の一角に不動明王を彫った石碑があった。(現在でもあるかどうかは未確認)。

この公民館でソロバンを習っていた小学5年生の女の子が家に帰ってきた時、
「公民館の石碑におじいちゃんの顔があった。」
と両親に言い出した。

この子のおじいちゃんは3年ほど前に亡くなっている。まさかおじいちゃんの霊が石碑に浮き出てきたのだろうか?と思い、我が子の言うことなので、両親も含めて家族でその石碑を見に行った。

「確かにおじいちゃんの顔だ。」「いや、似てないよ。女の子の顔よ。」

などと言っていると、近くにいた人たちが寄って来て

「猫に見える」「子供の顔だ」「3人いる」「坂上二郎に似ている」「女の子の下に猫がいる」「坊さんだ」

などと、人によっててんでバラバラなことを言う。このようなことをやっているうちに見物人が次々と増えていった。

「自分には○○に見える」と、見物人たちも様々なことを言い出した。
瞬(またた)く間に噂が広がり、この石碑の顔は町では有名な話となった。

どこで聞きつけたのか、「石碑に顔が浮き出た」ということで、7月10日から新聞やテレビが取材に訪れた。7月30日には「東京中日スポーツ」に掲載され、その他の雑誌にも掲載され、NHKでも放送された。

石碑に浮き出た顔は人によって見え方が違う。しかし誰でも何らかのものは見える。では、自分には一体何に見えるのだろう?

こういった心理が人々の興味をかきたて、新聞やテレビを見た人たちが東京からもぞくぞくと見物に訪れた。

ピークの時には公民館の広場には1万人もの人々が詰めかけた。市ではその対応に追われ、臨時駐車場を作り、警察と役場の職員が交通整理をしなければならなかった。

だが整理をしても、地元の人と見物客の間で駐車場をめぐるトラブルが多発し、あちこちでとっくみ合いのケンカも起こった。地方から車でやって来た若者が人身事故も起こした。

幽霊を見に来た暴走族と暴力団が衝突した。石碑の写真を1枚100円で販売する者もいた。焼きそばとかき氷の屋台も出て、本来なら心霊スポットとなるべき不気味な場所は、お祭り騒ぎの大混乱となった。

最終的には誰かがこの石碑に塗装して顔を消してしまい、騒ぎは収まった。

愛車との別れ

7 :名無しさん@そうだドライブへ行こう :02/10/07 11:01 ID:e67XyA4X

この夏に新車に買い換えた。俺にとってはじめての買い換え。
それまで乗ってきた愛車との別れは辛かったよ。

いよいよ納車の日、俺は新車を受け取りに行くのと今までの愛車を下取りに
引き取ってもらうためにいつものディーラーへ走った。土曜日の午前だ。
それまでの愛車の最後の走りだよ。
ところが行き慣れたディーラーなのに、毎日走っている道なのに道に迷った。
いつも曲がるはずの交差点を何度通っても見落としてしまう。
何度も先にある駐車場と家の間を行ったり来たりしても、その交差点を通り過ぎて
しまう。こんな事はそれまでなかった。
回り道してもそのディーラーへの道を曲がり損ねちゃうんだよ。
何度目かにようやくディーラーに着いたけど、どうやって行ったのか覚えてない。
時間を見ると約束の時間から30分遅れてディーラーに着いたことになった。

これが前の愛車の最後の思い出。ウソのような本当の話。
俺、幽霊なんて信じてないけど、この体験だけはなんか不思議な力があったと思ってる。

河童池

117 : あなたのうしろに。(1/8)[sage] : 投稿日:2003/03/09 20:55:00
私の住んでいた町の駅前にはパチンコ屋があるんです。
ここの駐車場は結構広いほうなんですが、昔はもうちょっと
狭かったんです。15年程前に拡張したんですが、(グリコ森永事件
の時にはまだあったと思う。)その拡張した土地、そこに
何があったか?…と言うと小さな池があったんです。

その池は、近所の子供達(私を含めて)にこう呼ばれていました。

「河童池」と……

その池が、どんな池だったかを説明しますと、
楕円形で、大きさは25mプールの半分ぐらい。真ん中に橋が
かかっており、そして小さな「お社」がまつってありました。
(この辺かなり記憶があいまいです。ちょっとの違いは許してください。)

その池には、いろんな噂がありました。
名前の通り、数百年前から『河童』が住んでる…だとか、
火の玉が浮いてた…とか。そして、
『幽霊』を見た……という噂もありました。

昔は、その池の南側一面に田んぼが広がっており、
そこは、私たち子供にとって絶好の遊び場でした。
そこで遊んでいると河童池が遠くに見えちゃうんですが、その姿は
本当に不気味だったんです。
なんていうか、そこの空気は「澱んでいる」ように私たちには映りました。
いろんな噂もあり、この池には子供はホントに近づきませんでした。



118 : あなたのうしろに。(2/8)[] : 投稿日:2003/03/09 20:56:00
先程、私は池の概観を書きましたが、何でそんな事を知っているのか?、
というと、実は、一度だけ行った事があるんです。その…河童池に……。

池は、本当に不気味でした。よく水辺に生えているヌルリとした下草が、
かなり広く周りに生い茂っており、池のほとりには柳が生えていました。
そして他にも、大きめの木が何本か立っており、池にはハス?のような
浮草が幾つも漂っていました。そして、直接行って初めて気付いたんですが、
お社には「お地蔵さん」がありました。

「池」と「柳」と「お社」、そして「お地蔵さん」…。
これだけ揃っていれば子供を脅すには充分でしょう。

私はただ、ただ怖くて、友達に「帰ろう、帰ろう。」と何度も言っていました。
上に挙げた要素だけでなく、なんか、こう…その場はとても暗かったんです。

結局その場には一時間ぐらいたたずんでいました。しかし、期待した?河童は
ついに見られず、別に何も起こらぬまま、私達は家へと帰りました。
それから数ヵ月後でしょうか、私は何も気にする事もなく普通に生活を送って
いたんですが、ある日事件が起こりました。



119 : あなたのうしろに。(3/8)[] : 投稿日:2003/03/09 20:58:00
先に述べた池の南側の田んぼで遊んでた時のことです。私はふと河童池
の方で何かが動いたような気がしました。目を凝らしてよ~く見てみると、
何かが光っています。
「はて?。あんな所に何か光るモノなんてあったっけ?」

私は、数ヶ月前に行った記憶を思い出して、そして気付きました。
その光るモノが見える位置、そこには「お地蔵さん」があったことを…。
そう、お地蔵さんの眼、それが光っていたんです。
(そこから池は少し遠く、はっきり見えた訳ではないんですが…)

私達は全員凍りつきました。そして気が付いたら皆、走って逃げていたんです。
この事件は私達の間でちょっとした騒ぎになり、いろんな話が
飛び交っていました。
「やっぱり幽霊がいるんだ」とか、「いや、見間違いだったんじゃないか?」と。

しかし、やはり時間がたつと、「お地蔵さん」の目が光るなどという漫画みたいな
出来事が本当に起こったのかどうか、最初に見つけた私までが、
疑わしく思えていました。

そして私の親父の一言が皆の心を静めた、というか、見間違い説に力を
与えたんです。



120 : あなたのうしろに。(4/8)[] : 投稿日:2003/03/09 21:00:00
その話はどういうものかというと、(以下親父談)

「あの池は、俗に言う『爆弾池』で、アメリカ軍が落とした爆弾の爆発跡に
 水が溜まって出来たんだ。だから、お前達が噂しているように、『数百年前から
 河童が住んでた』なんかあり得ないし、それにまつわる噂もみ~んな嘘だ!」
と。

その話を皆にすると、「あぁ、見間違いだったのか。」と、皆も納得したようでした。
そして、やはりまた普通に時は過ぎていき、その池自体も埋め立てられて
無くなってしまいました。



121 : あなたのうしろに。(5/8)[] : 投稿日:2003/03/09 21:01:00
私、昨日久しぶりに実家に帰ってきたんです。
親父もお袋も元気そうで、しばらくぶりの息子相手に世間話を延々と
聞かせてくれました。(これを聞くのも息子の務め?ですよね。)

その時、親父が興味深い話をしてくれました。その話は、駅前の散髪屋の主人
に聞いたそうです。(その散髪屋はパチンコ屋のすぐ近くです。)
その散髪屋の主人が言うには、

最近、パチンコ屋の2階に寮を出来た。そこに常時何人かが住んでいる。
しかし、寮に住まわせた従業員のうち何人かがすぐに辞めていってしまう…と。
家まで貸しているのに彼らはなんで辞めてしまうのか?と、
不思議に思った店長は、ある日一つの共通項に気付きます。

その辞めた従業員達はみんな、同じ部屋に住んでいたのです。



122 : あなたのうしろに。(6/8)[] : 投稿日:2003/03/09 21:03:00
このご時世ですから、寮に入りたいと言って来る人はとても多く、その部屋にいた人が
辞めれば、(他の部屋は常に満室状態なので、)次の人もやはりその部屋に入る。
そして、やっぱり一ヶ月程で辞めてしまう。
同じ部屋の人が辞める、ということは店の待遇が悪い、とかの理由じゃ無いんじゃないか?
これはやっぱり幽霊なんだろうか…と。

私の親父も、その散髪屋の主人も、二人とも地元出身で
もうこの土地に60年は住んでいます。
だから二人とも『河童池』とそれにいろんな噂があったことを知っていました。
しかしパチ屋の店長は新任で、その池の存在を知らないらしいのです。
私の親父達は二人ともその噂自体を信じていないのはいないのですが、
しかし、やはり頭の中を不安がよぎります。

「河童池のたたり…なのか?」



123 : あなたのうしろに。(7/8)[] : 投稿日:2003/03/09 21:07:00
私は、親父に言いました。
「河童池が迷信と言ったのは親父じゃないか。池が出来たいきさつまで
 知っているのに、何故そんな話を信じるのか?。」
と。
しかし親父はこう言いました。
「あの池が爆弾池なのは本当だ。しかし、俺は、何故あの池に

『お社があるのか?』

 については本当は知らないんだ。」

爆弾が落ちた当時、池があった場所は田んぼであり、その爆弾の爆発では
人は死んでないらしいのです。
つまり、あの『お社』は爆弾の犠牲者のために建てた…のではなく、
その後で、「何か」、のために建てられたのだ…、、、と。
駅前の一等地のあの場所で、何故、戦後50年近くもつぶされずに、
そして、その池を『避ける』ように開発が進んだのか?
それについては俺は知らないと、、、。

なんか、私は自分の町の「裏?」の歴史を知ったみたいですごく怖くなりました。
そして、同時に、私の頭の中にはあの時の『赤い光』がよみがえりました…。
そして、20年近く経った今、私は確信を持っています。
あぁ、見間違いではなかったんじゃないか…、と。



124 : あなたのうしろに。(8/8)[] : 投稿日:2003/03/09 21:08:00
大阪、河内の近鉄沿線に「T安」という駅があります。
これは、その周辺に住んでいた私の周りで起こった不思議な出来事でした。

今でも、そのパチ屋はありますよ。そして、元気に営業してるみたいです。
結構人気があるみたいで、まっ、幽霊と業績とはあまり関係ないみたいですね(w
では失礼いたします。長文でごめんね。
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