tachiiri1227IMGL2430_TP_V

もう10年くらい前、俺がまだ学生だった頃の出来事。 当時友人Aが中古の安い軽を買ったので、よくつるむ仲間内とあちこちドライブへ 行っていた、その時におきた不気味な出来事を書こうと思う。

ある3連休、俺たちは特にすることもなく、当然女っけもあるわけもなく、意味も無く俺、A、Bで集まってAのアパートでだらだらとしていた。 
そしてこれもいつものパターンだったのだが、誰と無くドライブへ行こうと言い出して目的地もろくに決めず出発する事になった。 

適当に高速へと乗ると、なんとなく今まで行った事の無い方面へと向かう事になり、3~4時間ほど高速を乗りそこから適当に一般道へと降りた。 
そこから更に山のほうへと国道を進んでいったのだが、長時間の運転でAが疲れていたこともありどこかで一端休憩して運転手を交代しようという事になった。 

暫らく進むと車が数台駐車できそうなちょっとした広場のような場所が見付かった。 

場所的に冬場チェーンなどを巻いたりするためのスペースだろうか?とりあえずそこへ入り全員降りて伸びなどをしていると、Bが「なんかこの上に城跡」があるらしいぞ、行ってみようぜ」と言ってきた。 

Bが指差した方をみると、ボロボロで長い事放置されていただろう木製の看板があり、そこに「○○城跡 徒歩30分」と書かれ、腐食して消えかかっていたが手書きの地図のようなものも一緒に描かれている。 
どうも途中に城跡以外に何かあるらしいのだが、消えかかっていて良く解らない。 

時間はたしか午後3時前後くらい、徒歩30分なら暗くなる前に余裕で戻ってこれるだろう。 
俺たちはなんとなくその城跡まで上ってみる事にした。 

20分くらい細い山道を登った頃だろうか、途中で道が二手に分かれていた。 
看板でもあれば良いのだが、あいにくそういう気の効いたものはなさそうで、仕方なくカンで左の方へと進んでみる事にした。すると、先の方を一人で進んでいたAが上の方から俺たちに「おい、なんかすげーぞ、早く来てみろ!」と言ってきた。 
俺とBはなんだなんだと早足にAのところまで行ってみると、途中から石の階段が現れ更にその先には城跡ではなく恐らく長い事放置されていたであろう廃寺があった。 

山門や塀、鐘などは撤去されたのだろうか、そういうものは何も無く、本殿は形をとどめているが鐘楼やいくつかの建物は完全に崩壊し崩れ落ちている、本殿へと続く石畳の間からは雑草が生え、砂利が敷き詰められていただろう場所は一部ほとんど茂みのような状態になっていた。 
ただ不思議なのは、山門などは明らかに人の手で撤去された様な跡があったにも関わらず、残りの部分は撤去もされず朽ちていてかなり中途半端な状態だった事だ。 

時間を確認すると、まだまだ日没までは余裕がありそうだ、俺たちはなんとなくその廃寺を探索することにした。 
が、周囲を歩き回っても特に目に付くようなものはなく、ここから更に続くような道も見当たらず、Aと「多分さっきの分かれ道を右に行くのが正解なんだろうなー」と話していると、本殿の中を覗き込んでいたBが「うおっ!」と声を挙げた。 

Bの方をみると本殿の扉が開いている。 
話を聞いてみると、だめもとで開けてみたらすんなり開いてしまったという。 
中は板敷きで何も無くガランとしている、見た感じけっこうきれいな状態で中に入っていけそうだ。 
中に入ってみると、床はかなりホコリだらけで恐らくだいぶ長い事人が入っていないのが解る、なんとなくあちこちを見回していると、床に何か落ちているのが見えた。 
近付いてみると、それはほこりにまみれ黄ばんでしわくちゃになった和紙のようで、そこにはかなり達筆な筆書きで「うたて沼」と書かれていた。 

なんだなんだとAとBも寄って来たので、俺は2人に紙を見せながら「うたてって何?」と聞いたのだが、2人とも知らないようだ。 
そもそもこの寺には池や沼のような物も見当たらない。 
本殿の中にはそれ以外なにもなく、「うたて沼」の意味も解らなかった俺たちは、紙を元あった場所へ戻すと、城跡へ向かうために廃寺を後にした。 

元来た道を戻り、さっきの分かれ道を右の方へと進むと、すぐに山の頂上へとたどり着いた。 
ここには朽ちた感じの案内板があり「○○城跡 本丸」と書かれている、どうやらここが目的地のようだった。 
山頂はかなり開けた広場になっており、下のほうに市街地が見えるかなり景観のいい場所だ。と、なんとなく下のほうを見るとさっきの廃寺も見えた。