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あの”きんぺどん”ができた由来は、この辺一帯を支配していた粕壁氏の時代まで遡ります。

宿場町を治めていた粕壁氏が、深夜に乱心の末に宿場町の遊女八人を切りつけて殺害してしまいました

当時の困った一族およびそれに連なる有力者たちは、宿場町の中心から離れたほとんど岩槻領に近い場所に、密かに遺体を葬ることにしました。

それが、あのきんぺどんの場所です。

埋葬する時に、二度と人々の目に触れぬよう深い穴をこしらえようと爆薬を使ったものの火薬の量が多すぎたため、埋めても沼のように窪地になったまま放置されました。

その後、長い年月の間たび重なる大雨や古利根川、元荒川の決壊による洪水から水が溜まり沼と化したそうです。

従って、きんぺどんの”どん”は爆発音の「ドーン」からきており、”きん”は禁じらた場所を意味する「禁」が由来だそうです。

なお、沼底には隠密に埋葬された八人の八つの墓が今でも沈んでいると伝えられているが、検証した者は誰もいないらしい。