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こらいかん、そう思って俺は兄貴の友人たちを(目上とか関係なしに)引っ張ってトンネルから顔を避けた。避けられたんだと思う。

そう思いたかった。 
兄貴はその付近にも温泉小屋があるんだといって入りたがっていたが、俺はとにかく帰りたくなって拒否。でも時間もあるし、ダムまで行かないのなら、と結局俺以外のみんなで入ることに。 
俺は外で待っていたんだが、さっきトンネルの中にいた何かがこっちまで這い出してきやしないかと気が気じゃなかった。 

帰りもそれが気になってはいたんだが、とにかく死と隣り合わせのハイキングコース。余計なことは考えないようにして、前日泊まった小屋に戻った。 
小屋に着くなり足早に飯を食って急いで風呂に入り、さっさと寝た俺。兄貴たちも小屋の人もどうしたもんかと訝しがっていたが、そんなことを気にする余裕などなかった。 
何せ、明日も半日かけて麓まで下り、そこからようやく文明の利器と会えるのだ。麓の有名な寺社でお祓いを受けようにも、どうにもあと2日は時間を要することを考えると、俺の心はやばいなんて心境ではなかった。

幸いにも昨日のゴーゴー鳴る音も聞こえないまま寝つけたんだが、やはり早く寝過ぎたのだろう。まだ早朝とも言えない時間に起きてしまった。 
都会の中でなら、こんな時間帯でもシュールな番組はやってるし、コンビニもマックも空いてる。草木も眠る丑三つ時なんざ昔話とせせら笑えるほどだが、ここは都会から数十キロと離れた何もない山中。 
誰もかれもが寝静まっている山小屋で迎える真夜中ってのは、もう今すぐ死んじゃいたいくらいの不気味さがあった。 

気が付くとあのゴーゴー鳴る音が鳴ってやがる。もうダメかもしれない、本気でそう思った。さらに。ふと外を見ると、雪が降ってやがる。 
毎年この小屋は夏の間しか営業せず、秋口にはさっさと主要器具を畳んで、翌年の夏まで営業をしないらしい。 
何故かというと、この地帯は前にも書いた通り豪雪地帯であり、雪が降り出すとあっという間に積もって山小屋からどこにも行けなくなる。 
加えてこの付近には雪崩が頻繁に発生するらしく、小屋の跡地も雪で埋もれて、夏まで出てこないんだとか。だから、雪の降る季節に人がこの小屋に泊まることなど、ありえない。 

だいたい、季節は真夏である。北海道の北の果てだって、真夏に雪が降るなんて話は聞いたことが無い。もうなんというかつまり、俺は異次元に飛ばされた、そんな気分になっていた。 

雪は止むばかりか、ますます勢いを強くさせる。吹雪のレベルだった。終わった。素直に俺は思ったね。ゴーゴー鳴る音もやむ気配無し。 
それから幾分も経たず、小屋がずずずっとずれる感じがした。次の瞬間どーんと物凄い衝撃音が鳴って、小屋は高速で下の方に、そのままの位置で滑り落ちていった。 
窓から見える景色もめまぐるしく変わる。雪崩だ。雪崩にあって小屋は下に押し出されているんだ。そうとしか思えない衝撃だった。 

こんな状況で誰も起きないのはおかしい。俺だけが異次元に飛ばされたのだろうか。深い絶望と恐怖の中で、なんとなくそんなことを考えていた。 
このまま部屋の中に雪が入ってこないのが不思議で仕方が無かった。小屋の中だと言うのに、それほどの強い圧力を、しっかりと感じていたのだ。
とうとう俺は衝撃と激しい移動に耐えきれずに枕に突っ伏して、うつ伏せで寝転ぶ形となった。そのまま重力が体にかかる感じで、金縛りにあったように体は起き上がれず、そのまま俺は意識を失った。

気が付いたら、朝。小屋は何事も無かったかのように元の場所にあり、俺も雪に埋もれることもなくその場に無事な姿でいた。 
無論、外には雪など積もっていない。どうやら、俺は無事元の世界に戻ってこれたようだ。 

小屋を後にし、再び下山する。一度不思議体験を終えてひとしきりすっきりした感じになっていた俺は、やはり目の前の死と隣り合わせのハイキングロードを下る中で、 
恐怖体験のことをとりあえず頭の片隅に追いやることが出来た。 
暫く行くと、トロッコの駅が見えた。ついに、俺たちは人の住む場所に帰ってこれたんだ。そんな感じもするくらい感動して、思わず涙を流し、兄貴に馬鹿にされた。 
それでも。俺は嬉しくて嬉しくて仕方が無かった。やっとこの恐怖の山から去れるのだから。 

トロッコから麓の町で県庁所在地まで直通の電車に乗る。そのまま付近の著名な寺社に行ってお祓いを受ける心づもりでいた。 
そんな車内でふと、専用線乗車時に乗務員が説明していたことを思い出した。 
この山に専用線を通したのは、もともとはダム作りのためで、その後もダムや発電所の維持管理のため専用線は残されたのだと。 
しかしながら専用線もダムも、一般的にモノを作るにはどう考えても無謀な場所につくるだけあって工事は難航したのだという。 
ただ完成は戦時中だったらしく、お上の方から無理くり作れと命令が下っていたらしく、多数の死者を出しながら工事を進めたのだと。 
専用線途中のトンネルでも爆発事故やらで多くの方が殉職されたそうだが、ダム作りの人が雪崩に巻き込まれて大量に亡くなった事件もあったのだと。 
丁度俺たちの泊まった小屋の付近に、やはり小屋があったらしいが、当時は年中通しての工事だったために真冬も人がいたそうだ。 
そして起きた巨大な雪崩、小屋は中の人たちごと上の階がそのまま吹っ飛ばされ、谷底を挟んで対岸側にまで飛んで行ったのだという。春まで犠牲者の捜索は出来ず、とうとう見つからない遺体も出たという。 

あれは、工事中に亡くなった方の怨念だったのか。それとももっと巨大な、山の神だか何かによる人間への攻撃だったのか。 
どっちにしろ現世の俺に対応できるような代物ではない。とっととお祓いを受け、俺は2度とあそこに行かないという誓いを立て、この地を後にした。