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平安京に在った首が3日目の晩に空中に舞い上がり、故郷の東国を目指して飛行し、公の首が落ちた地が首塚と云われている。

関東大震災後、大蔵省が整地し塚の上に仮庁舎を建てたところ、省の役人に病人が多く出て、お偉いさんがバタバタと亡くなってしまった。役人は祟りを畏れて塚の上に建つ仮庁舎を取り壊すことにした。

その後、塚への不敬による祟りが続出したため、開発は中止され保存の機運が高まり今に至る。現在オフィス街に残っている石灯篭は首塚の前にあったとされる物である。

首が平安京から関東の地まで飛行したという伝説について、実のところ将門公を強く信奉する家来の者達が御身を故郷に持ち帰ろうとしたとのことだ。
しかし、朝廷からの追っ手を振りきれず、泣く泣く公の首を埋めた場所が此の首塚付近であったという云われである。

江戸幕府が朝廷権力の封じ込めに将門公の霊的な力を用いたとする痕跡が神田明神と江戸城の配置から見てとれるという。今や江戸城は皇居となり、奇しくも新皇の塚と対峙するがごとく近接することになった。