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体育会系で頑張ってた奴が結構陥る罠に就職がある 
ガッツ中心でそこそこ知名度がある奴がほしいなんていう職種もあるが 
内勤のある程度安定した職は体育大学卒にはめぐってきにくい 
まして俺の通ってたところは著名な体育学部のある大学でもなければ 
俺自身に知名度もなかった 

剣道位メジャーな競技なら良かったんだがその元となった流派じゃそんなもんだ 

肝心の体育会系向きの学部の知識が役立つような就職の口はそれ並に狭い 
大体は面倒見が良い性格でムードメーカーも出来る典型的爽やかさんから売れていく 
俺?自慢だがみむきもされなかったね 
そういうわけで親には悪いが大学院に進ませてもらった 

在学中に稼げと言われていたのでアルバイトに精を出した 
転々としたのは俺が頼まれごとに弱いせいだ 
変に相手に同情してこちらの不利益になることでも了承してしまうので勉学に影響が出てしまう 
学生課の横にあるコーディネーターにもっともらしくあってないと言われると 
なるほどそうかもと思ってバイトを変えるような具合だ 

そんな風にしていた時向こうから声がかかった 

一競技者としては俺はまったくの無名だったが、俺には別の顔があった 
一年の時に断りきれずに参加した自主制作映画 
結局三年次の学祭でようやく公開されたそれで 
俺の演技は演劇部でもないのに絶賛された 
たまたま見に来たOBの弱小芸能事務所のマネージャーに頼み込まれて 
サインをしてしまってからというもの 
テニスやバスケットボール等の雑誌のユニフォームのモデルとして活動していた 
事務所を通してとられたアポで俺は久しぶりにわくわくする単語をきいた


           探           偵    


小さな興信所の所長だとかいう女性が喫茶店で待っていて 
体力と根気に自身があって尚且つ背丈は高すぎず低すぎず 
化粧をすればいろいろ化けそうな顔立ちで 
ついでに演技力がある人が欲しいということで 
それで芸能事務所を中心に芸能界ではやってけなさそうなのを 
こうして紹介してもらっているとのこと 
「うちは個人客相手にしていないから。恨まれるタイプの仕事も少ないし面白いわよ。 
 雇用形態は直雇用じゃなくて業務委託。割損な仕事になっちゃうことは少なくないけど。 
 これ見て…。実働時間がこの日とこの日とこの日でしめて…こうでしょ? 報酬はこう。 
 時給にすると大体五千円ね。 
 これは人脈も機材の扱いや資格にも精通したベテラン相手の額だけど。 
 いまうちいい若手がいないのよ。ホープにはサービスするわよ?」 
所長は……素晴らしい瞳の輝きをしていた 

ついでに、往年の名作からこれを拝借したくなるような方だった 
ブレストバーン! 
ジャケットにタンクトップなんて姿が似合うかっこいい女 

「ヤリます。やってみてから継続的にやるかどうか決める形でいいですか」 
「もちろん。この業界数回仕事してすぐ辞める人が大半だからそういうの気にしないわよ」 

ほんとに探偵?というほど洒落た事務所は 
顧問をやっている会社のちょうど中心地という理由で原宿にあった 
看板も出していないし表向けの屋号で誰もそこが探偵事務所なんて知りようがない 
この時点で何となく相当やり手なのではと思った 
外回りで仕事を取ってくるくらいのことが出来なくては活動できなさそうに見えた

仕事内容は勧誘時に言われたとおり本当に面白かった 
職務怠慢が噂され、実際怪しい行動が少なくない社員の素行調査やら 
幹部登用が検討されているベテラン社員の素行調査等がメイン 
機材の使い方がわかっていないのと探偵が本業の人に仕事を回すために回ってこないが 
企業幹部の個人宅の盗聴器検査などもあった 

俺の仕事は事務所でいうアンブッシャーとエンフォーサー 

証拠写真を撮影したり隣の席でMP3プレーヤーにみせかけた録音機回して証拠固めする役だな 
最初の頃探偵ってどんな仕事かと調べてネットの噂などを見て感じた恐怖とはまったく無縁 
浮気調査で調査対象から恨まれるってのは他の大手から移籍してきた大先輩に言わせればよくあること 
依頼者から対象者にどこに調査させたか明らかにするケースは少なくないんだそうだ 

なんでって?恨みを他所へやりたいからだとさ 
そういう辛さとかとは縁がなかった 

仕事をこなしていくうちに俺は本当に重宝されていった 
毎日のように仕事ができるような気楽な身分ではなかったが 
「化粧や服装変えただけで出来る範囲は限られてるんだ。毎日尾行なんて土台無理だろ。連日仕事ができなくたっていいんだ」 
こんな風に言ってくれる先輩にも恵まれて勉学との両立もやりやすく 
探偵をはじめて一年が過ぎた頃に一度換算してみると平均時給は二千円を超えていた 
ますますこの仕事が気に入った

二年目の夏その依頼が来た 
守秘性を重んじた依頼は一部のベテランと所長だけで片付けることになっていたが 
その時は俺に声がかかった 
聞いただけでぞくぞくするような内容 
「現地につくまで依頼の詳細は明かせない」 

行き先も告げられぬまま所長と二人で出張 
そこそこ知名度のある温泉郷近くの旅館に婚約者という設定でチェックインした 
最初の2日は何ら支持がなくただ婚約者同士として過ごした 
三日目の朝にPHSでつないだネット経由でチェックリストを確認した 
百項目以上に渡るものに唖然としていると末尾に近づくにつれて所長が顔色を悪くした 
夜変な騒ぎは起こらなかったかからはじまる 

はっきりしない人影を見たかとか不思議な文言が散りばめられていた 

で末尾のこれ 
「離れに宿泊した時奇怪な体験をしたか否か」 
そこだけいやに具体的で 
この調査のラストイベントとして離れを借りるのは決定事項だった 
解禁された情報収集で調べてみるとネットに奇怪な噂がちらほらと出ていた 
「所長、なんでこれ、俺達にまわってきたんでしょう」 
「さあ?」 
借りたPHSで担当者に繋ぐと理由が打ち明けられた 

このあたりの源泉から湧き出る湯量に変化があって 
今一番大きな源泉のある山とその温泉権を確保しているのがこの旅館 
湯量が減ったホテルは自前の掛け流しをそのままにすると 
他の温泉入会権購入者に満足に湯が提供できなくなる 
つまり大きくこの辺りの温泉の勢力図が変わる 
そしてこの湯量の変動以降にこれらの心霊騒ぎが勃発している 

嫌がらせをするのに十分な理由があるなら何かあると考えて調査をさせたい 

かいつまんで説明すると所長の顔色がよくなった 
が、3日ほど機材を片手に巡回しても何もない 
まただんだんと所長のかお色が悪化していき 
とうとう離れを借りる日に突入した

「仕事だとはわかってるんだけどさ。本館で寝ちゃだめかな?どこで寝ても同じでしょ」 
「ならなんで俺一人残すんです?同じなんでしょ?」 
「いや、そこは任せてって言うべきとこでしょ」 

こんな話になっていたのは、明らかにおかしいからだ 

縁側を歩けば天井のきしみが直上を追ってきたし 
離れについた専用の小さな露天風呂に所長がいた時 
バスタオル一枚で戻ってきたかと思えばあんたも入ってみなさいとまくしたてられた 
そうしてみてしばらくして妙な視線を感じて周囲を見渡してから上をみたら 
東屋風の屋根のところにぼんやりとした人影が見えたという体験をしていた 

「…なんかいますよこの離れ」 
「言わないでよ!」 
「そんなとこに残されるのはさすがに勘弁です。生きた人間相手ならまだしもあんなのは」 
「え?何か、見たの」 
「ほら、縁側の音上からだったじゃないですか。それで風呂の最中にうえみたら、いましたよ」 
「う、上?」 

おそるおそる所長が上を見てそのまま固まった。口をはくはくと開閉していたが声になっていない 
ああ、と思って見上げてみると、いた 

腰が抜けた所長はその場を動けず 

初日から仲居さんが意味ありげに笑いながら並べて敷いた布団は寝る前には離されてきたが 
その夜はむしろむこうからこっちの布団に入り込んでくるくらいなので 
少しだけなら我慢すると言質を得て抱きしめたりなでたりさせてもらった 

翌日、チェックアウト後に合流してきた担当者とともに女将に正体を明かした 
女将はしぶしぶあの離れに湯量が変わったあたりから変な影が出ると仲居達が怯えていた事を打ち明けた 
担当者はそれを聞いた途端なんでいってくれなかったんですかと目を覆った 
嫌がらせを想定したせいで出さなくていい調査費用を出したことがよほどショックだったようだ 
その後の調査で源泉近くの小さな社が湯量が変わった頃からどうやら湯攻めにあっていたことが明らかとなり 
きちんと対策をほどこすとぴたりと変な現象はおさまったそうだ 

このご利益、きっと名のある水神様じゃないかと思っている