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彼はかつて漢方薬の買い付けの為、中国の奥地に入り込んでいたことがあるという。 
その時に何度か不思議なことを見聞きしたらしい。 

「私の旧い知己にですね、変わった研究をしている者がいました。 
 彼曰く、とある山奥に大きな河があってですね、そこに鮫がいるというのですよ。 
 人を襲うほど大きくはないらしいですが、肉食で鮫そっくりの姿形なのだとか。 
 彼は便宜上“河鮫”と呼んでいました。 
 体色がほとんど白に見える灰色で、微かに桃色がかっていたそうで。 
 最初に聞いた時は淡水イルカじゃないかとも思ったのですが、彼は生物学の先生でも 
 ありまして『いや絶対にイルカではない』と断言していました。 
 ……小さな声で『厳密には鮫でもないかもしれないが』と付け加えてましたけどね」 

「非常に臆病な性質らしく、発見することさえ大変な生き物だったというのですが、 
 この鮫に噛まれたという漁師の話が、彼の興味を引いたそうで。 
 それがどんなに酷い咬傷であったとしても、短期間で綺麗に治るらしいのですよ。 
 傷跡も残すことなく、それどころか噛まれた周辺の皮膚がまるで赤児のそれのように 
 ピチピチに若返って見えたそうで」 

「彼は、この鮫が特殊な物質や酵素などを分泌しているのではないかと考えていました。 
 『その内に大発見をして、自分の名前を後世に残してやるぞ』と笑っていましたよ」

その人、というかその研究は今どうなっているんですか? 
興味をそそられた私がそう尋ねると、懐かしそうな顔が一転、哀しそうな顔になる。 

「彼は随分と前に死にました。食べられてしまったんです」 

……あぁ、大きくはないとは言え、鮫に似た肉食動物ですもの、危険ですよね…… 
何とかそう返したところ、頭を振って否定された。 

「いや、研究対象の河鮫に食べられたのではありません。 
 彼のことを師と呼んで慕っていた子供たちに殺されて、食べられてしまったのです。 
 文化大革命の最中のことでした。 
 彼が残した研究資料も家ごと燃やされてしまい、何も残ってはいません。 
 あの時代にいなくなった友人知己は多いのですよ……哀しいことです」 

私はしばらくの間、言葉が出せなかった。