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私は所謂「見える人」だ。と言っても「見える」「会話する」くらいの事しか出来ないが。 
私が体験した中でなかなかレアなものを一つ。小学校4年生くらいの頃の話。 
古都に越してきて1年ほど経った時分。夕方、学校から帰ってドラゴンボールの再放送を鼻息荒く見ていた。 
本格的な夏を前に、すでに室内は動いていなくてもじっとり汗をかく温度。 
網戸越しに夕方の少しひんやりした風と、鳩の鳴き声が私まで届いた。 
ホロホロ鳴く声に若干の違和感を覚え、何の気なしにベランダへ意識を向ける。 

くわれた? 

よくよく見ると4羽の鳩のうち、1羽の鳩は色が薄い。私は度々、霊的なものを「色が薄い」と表現するが、これは実際に色が薄いわけではない。色が薄い印象を受けるといったところで、存在感の無い人に対する「影が薄い」ようなものと思ってもらいたい。 
そんなイメージの鳩が1羽。他の3羽に並んでベランダの手すりにとまっている。 
確かに くわれた と言った気がした。 
この頃の私は色が薄いモノを、何となくではあるけど生きた人と違うんだろうと思っていた。 
だから無闇に近付いたり話かけたりは未だしていなかったし、何より少し怖がってすらいた。 
鳩が喋ってる!興奮した私は畳を蹴って網戸に飛びついた。 
4羽の鳩は逃げてしまった。 
しまったと軽率な行動を悔いたが、時すでに遅し。ドラゴンボールはエンディングが始まった。

確か2日後くらいだったと思う。私の家の斜向かいに住んでいた同級生のYといつもの様に白線渡りをしながら下校していた。 
白線渡りとは、私たちがそう呼んでいた、アスファルトに引かれた白線の上から降りてはいけないという遊びだ。 
私たちは毎日色んな遊びをしながら共に帰っていた。Yはもやしっ子を絵に描いたような男の子で、私しか友達と呼べる存在は居なかったと思う。 
まぁ、私もYとは下校友達のようなもので、学校内で遊んだ事は無かったが。 
私の先をふらふらと行くYが歩を止めた。見ると、電信柱で白線が切れている。 
これしきの事で。と私が文句の一つでも言ってやろうとした時、電信柱の横に立つ黒い影に気がついた。 
カラスだ。カラスが二羽、電信柱の脇にいる。 
カラスは地上で見ると意外に大きい。私より背の低いYは、一羽で地面に立つカラスにすっかり怯えている。 
私には二羽に見える。普通のカラスが小さくカァと鳴くと、それに応えるように薄いカラスがカァと鳴く。 
イメージがする。確かに耳ではカァと聞こえているが、頭で勝手に翻訳するようなイメージ。先の鳩でもそうだった。ホロホロと聞こえてはいるが、頭では違う認識をする。 
後々わかってくるが、ヒトの言葉を持たないモノからの言葉だ。 
くわれた と言っている。 
足を少し高く上げて一気に下ろす。乾いた衝撃音と同時にカラスたちが飛び去った。Yが肩を竦めて私を見ていた。くいとアゴをしゃくると、私たちの遊びが再開する。 
なんだか胸がざわつく気がした。つっと汗が背中を伝う。暑くはない。白線をじっと見ながら歩く。目線を上げたくなかった。

Yの踵が見えた。また止まってやがる。コイツと仕方なく前を向く。 
Yはどうして自分が歩みを止めたのか分からない。と言った表情。 
Yの数メートル先、ふわふわと羽が舞う中、2メートルはあろうかと思われる茶色い毛玉がある。西日で伸びた影はYの足先まできている。 
カクカクと小刻みに動く毛玉に私の頭は真っ白だった。恐怖で何も考えられない。 
ソレが何かは分からなかったが、とんでもなく恐ろしいモノだと思った。呼吸が浅くなり、鼓動が速くなる。 
頼むから気付くな。私の願いは叶わず、ソレは一瞬動きを止めた後、ゆらりと振り向く。 
猿だ。とんでもなく巨大な。目玉が無いのか、その位置に真っ黒な穴が二つ。二つの闇を私に向け、手に持った赤い何かをその場に捨てる。口を拭うような仕草をしたかと思えば、その顔は文字通り私の顔と目と鼻の先。 
ふんふんと匂いを嗅ぐと私の左腕を掴み、ひょいと持ち上げた。 
生臭さと鉄臭さが私の鼻をつく。掴まれた左腕、全体重が乗っている左肩が痛い。恐怖で泣く事も出来ず、ただただ呆けていた。 
ふと目線を泳がせると、Yが宙に浮いた私をいつにも増してボケっとした表情で眺めている。 
猿が顔をしかめ、舌打ちし、私の左腕を離す。 
骨盤と右足に強い衝撃をうけ、反射的に目をつむる。次に見た猿の背中は遥か遠くだった。その背中もあっという間に見えなくなる。 
猿が何かをしていた位置には、少しの血だまりと黒、灰色、茶色、大小様々な無数の羽。 
私たちは暑い夕日の中、声が枯れるまで泣きじゃくった。