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昔、その地に寅子という大変器量の良い娘がいた。その娘は長者の老夫婦の娘で、
老夫婦も歳が行ってから出来た一人娘で随分と可愛がっていたらしい。 

さてその寅子、近隣の男だけではなく、離れた地の豪族までもが結婚を申し込むほどの娘で、その娘に惚れた男どもは皆仕事も放り出して一日中寅子のいる屋敷の周りをうろついたり、
寅子を想って夜まで物思いに耽るなど村自体の生活にまで影響が出始めた。 

老夫婦のほうも、一日中押しかけてくる男どもから誰を婿にするべきか、と頭を抱えていたらしい。 
豪族に嫁に出すのもいいが、心優しい寅子は誰か一人を選べないとまで言い出す始末。

そんなうちに、老夫婦は結婚を申し込む男達を全員呼び集め寅子に会わせると言いながら料理を振舞った。 
たいそう豪華な膾と沢山の酒に気を良くした男どもは食って呑み楽しんだ。
しかし一向に寅子は顔を見せず、しだいにじれてきた男どもが老夫婦に寅子を出せ、と声を上げた。
 
すると老夫婦は悲しそうな顔で 
「寅子は皆に分け与えました」 
先ほどから食べていたその膾、鹿でも猪でもなく寅子の肉。 

寅子は苦しみのなか、老夫婦に自分が命を絶ってこの肉を皆に分け与えてほしいと言ったそうだ。 
男どもはおいおいと泣き、その寅子を偲び、苦悩を与えた償いを込め寅子石という供養塔を立てたという。

この寅子石、今でもしっかり残されていて、近くには子膾神社という神社もある。 
複数の類話があって、これは私が祖母から口伝で聞いたものを今の言葉に少し変えたもの。

自分の出身地に悲しく恐ろしい昔話があるのは、自慢できるのだろうか。