Yamasha181026008_TP_V

学生時代、盆に実家へ帰省した時のことだ。 
そこは鄙びた山里で夏でも涼しく、避暑にはうってつけの場所らしい。 
祖父母の世話になりながら、例年の如くノンビリと過ごしていたある日。 

里の外れに人集りが出来ていた。 
「どうしたんだろう?」と好奇心を引かれ、近くへ寄ってみたという。 
事情を聞くと、里で一番の大木に、何物かが引っ掻いた痕が付いているとのこと。 
指差す所を見ると、確かに大きく抉れた傷が、木の幹に刻まれている。 
どの傷痕も、人の腰高くらいの位置に付いていた。 

「熊でも出たんですか?」恐る恐るそう尋ねてみると、 
「いや、これが爪の痕だとすると、熊よりずっと大きな何かだ」という返事。 
驚いて他の里人たちの顔を見回したが、皆同じ意見のようだ。 

彼の表情を見た近所の小父さんが、安心させるように肩を叩いて教えてくれた。 
「心配するな、ここの里じゃ偶に現れる傷でな。 
 爪の主はこれまで人に目撃されたことも、危害を加えたこともない。 
 人を避ける性質みたいでな、正体は誰にもわからんのよ」 

集まっていた人も恐れている様子はなく「随分と久し振りに出たな」という感じで、 
傷痕を前に四方山話に耽っていたのだそうだ。

その内に一人がこんなことを宣いだした。 
「前に学校に来ていた、偉い先生がこう言っとったぞ。 
 これは『わいら』っていう動物が付けた傷だろうって」 

一同感心した風になり、 
「流石に街で勉強した人は違うな、よく知っとるわ」 
「わいらか、さぞかし大きな爪を持っとるんだろうなぁ」 
そんなことを口々に述べていた。 

……その先生って、水木しげるの妖怪本に詳しい人だったんじゃないかなぁ…… 
友人はそんなことを考えたが、口に出して言うこともなく、「凄いですねぇ」と 
一緒になって騒いでいた。 

その後も里帰りはしているが、あの傷痕はあれから出ていないという。 
わいらを目にした者もいないのだそうだ。