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6月の梅雨の晴れ間だったと思う。
日曜の午後で、久しぶりの天気なのでブラッと高尾山に登った。
でも、思い立ったのが午後だったので、途中で日が暮れだした。
あわてて引き返したんだが、薄暗くなってくる杉林の登山道に人っ子一人いない。

日のあるころはあんなにいたのに、みんなさっさと帰っちまって、俺だけが山の中に取り残された感じ。
やっぱり不安で足取りは自然に速くなる。
いくつかの角を曲がったとき、突然、いた!
同じように山を下る若そうな男が一人。
一瞬、ホッとしたんだが、妙に違和感がある。
男の服装だった。
きちんとスーツを着込み、黒かばんを手に、ビジネス街から抜け出たようなお仕事スタイル。

再び、黒雲のように不安と疑問がわいてくる。
だが、都心に近い高尾山だ。
フラッとやってくるリーマンがいたって不思議はない。
現に自分だって、フラリとやって来たのではないか。
そう思って、俺は彼を追い越しにかかった。
リーマンの足取りはいたってフツー、急ぐ様子もない。
一方、俺は急いでいる、狭い登山道で距離はみるみる縮まった。

ぶしつけだが追い越すとき、俺はグルリと振り向いてみた。
俺だった!!!
俺、俺、俺、間違いなく俺だ!
背格好といい、着ているダークスーツの趣味といい、黒を基調のネクタイといい、まさに俺。
その「俺」は、俺が傍らにいないが如く、フツーにうつむき加減に下山していた。
その顔も鏡で見るように、俺だった。

余りの不気味さと不思議さに急に何かが起きそうな不安感が湧いてきた。
俺は焦って道を間違え、小仏峠まで来ると辺りは藍色の闇が降りてきていた。
もう時刻は19時半近くだろう。

鉄塔の下にある営業していない茶屋の所に出ると、河原の玉石をコンクリで埋め込んで
歩きやすくしている登山道を発見し、そこから麓まで下りることにした。
恐らくここを下れば弁天島辺りだろう。
其処から中央線の相模湖の駅まで近い筈だ。
俺はそれでも何とも言えない不安が止まらず、汗だくで下山すると、交通量が結構ある
国道20号に無事出ることが出来、其処から相模湖までひたすら歩いた。

自宅に帰宅したのは22時だった。
俺は母が作ってくれていた晩飯のカレーを温めて食べると、母に先程の話しをしてみた。

すると急にどうしたことか、母が顔色を変えて「お前がそんな所に行くから」と
よく分からない事を呟くと、二階の仏間に行って仏壇の前で経を読み出した。

仏壇に飾ってある、今の俺の歳で急死した兄に何事かブツブツと言っている声が聴こえた。
「あの子は連れて行かないで頂戴ね、お兄ちゃん」とか言っている。
何だろう、急に全てを片付けないといけない気がしてきた。