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そう言えば、多摩湖狭山湖のそばにいたことがある。
西武園の西に「菊○亭」って食事どころがある。
湖を見下ろす頂点で、俺もそこで飯を食ったが、なかなかの景勝だった。

その前の道を通り過ぎるとモーテルやフィリピンパブ(これは今はない)があって、所沢方面の「椿峰(つばきみね)」方向に下りになる。
いまでもある、坂を下りきった白いタイル張りのマンション。

夏の暑いころだったと思う。

俺は夜中にのどが渇いて、坂の中腹にある墓地に向かう枝道の入り口にある自販機まで行った。
おれは自販機のかどに片手をかけて道路には背を向けて、その場で炭酸かなんかを飲んでいたんだが、
すぐ後ろを通る気配と、革靴らしい足音がした。

すぐ後ろは道路だから人が通って当たり前だし、気配はあきらかに男だったから、西武園駅に電車が着いてリーマンか誰かが歩いてきたのだろうと思った。
事実、道の反対側(俺の後ろ側)にある街路灯と自販機の明かりとが相殺し合って、薄くなった影が足音とともに通り過ぎたのもわかった。


間違いなく人間だった。
そこまでは…。


俺はなにげなく振り向いた。
リーマンの背中が見えるはずだった。
だが、誰もいなかった。

俺は反射的に上り坂を見た。
もちろん、いるはずがない、ヤツは下ってきたのだから。
そのとき、おれは水でも浴びたようにゾッとした。

人間は想定した事実と異なる場面に直面すると、動揺して恐怖を感じるらしい。
たとえば地震でも、人間は大地は動(ゆる)がないとどこかで信じているのだ。
だから、震度3や4程度でもあわてて怪我をする人が出るのだ。
誰もが確信している、人間は消えない。
だが、それは人間だからだ。

霊は違う。