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これは今からちょうど10年も前の話だが、聞いてくれ。 

まだ、看護師が看護婦と呼ばれていた時代だ。 

当時、俺は某医科大学の看護学部の学生だった。 

短い夏休みが終わると同時くらいに、国家試験前の最後の看護実習が始まる。 

俺は付属の大学病院で国家試験の前に実習生として、主任となる看護師さんとともに担当の患者さんを受け持っていた。 

そこで俺は整形外科棟である患者さんと出会った。 

今まで診た患者さんは、老人か中年の方々が多かったが、今回は17歳の女の子であった。 

彼女の名前はA美といい、右足を失っており義足を用いながらリハビリを行っている状態であった。 

A美は男の看護師である俺のことが珍しいらしく、いろいろ俺について聞いてきた。 

内容はいかにも年頃の高校生の質問って感じで、 

彼女はいるの?好きな人は?とか、学部に男の人って他にもいるの? 

っていう普通に答えられるレベルの質問だった。
 

A美の部屋は個室なんだが、様子を見に行くといつも笑っていてくれていた。 

そんな、A美との他愛もない会話は辛い実習の中で唯一心から楽しめるものとなった。 

たまに、長いおしゃべりが指導主任に見つかって怒られることもあったが、A美は小声で 

「この後もがんばって」

とか、いろいろ声をかけてくれた。 

学生生活最後の実習も終わりに近づき、実習終了まであと1週間と迫った日にお別れの挨拶がてらに担当していただいた患者さんひとりひとりに病室に行く際にお礼を言って回った。 

もちろんA美にも伝えた。

それを知ったA美は、 

「Tくん(←俺の名前)、あと1週間かあ」 

と言いながら一瞬悲しげな表情を見せるが、 

「最後にTくんとどうしても行ってみたいところがあるんだけど、お願い!一緒に行こ!」 

と、ねだられた。 

A美の様態は依然、車椅子なしでは長距離の移動は困難であり、俺自身の独断での行動なんてバレたら国家試験はもちろんのこと、遺族の方に訴えられるなんてことも想像でき、はっきりと断った。 

それでもA美は諦めようとせず、 

「ホントにホントに最後のお願い!」 

「それは絶対にダメ、A美ちゃんになんかあったらどうするの?!」 

といってキツイ口調で突き放した。 

A美はそれでもねだり続けてきた。 

せめて、場所だけでの聞いておこうと思い、場所はどこなのか聞いた。 

そこでA美は落ち着いた口調で、口元を緩ませ「秘密」とだけ答えた。 

あの時、背中がゾーってなったのは今でも覚えている。 

結局A美の要望は断り、残りの実習を終わらせることだけ考えた。 

それからは、A美は俺とは口を利かなくなった。 

俺から話題を振ってもノーリアクション。なんか悲しくなった。 

実習もあと二日と迫ったある夜のこと。 

俺は、その日の実習を終え、その日お世話になった医師や主任にお礼を言い正面玄関から出た。 

気づけば、関係者以外立ち入り禁止の入り口に立っていた。どうかしていたんだと思う。 

この4日間、口を利いてくれなかったA美のことが気がかりで仕方なかった。 

俺は、そーっと入り口のドアノブを回し、そそくさと非常階段を使いながらA美のいる6階まで上っていった。 

A美のいる部屋をノックし、返事を聞いたところで入っていった。 

A美はベットの高さを変えて本を読んでいた。 

たちまち不機嫌な顔つきをするが、行きたい場所のことを聞くとすぐに明るい顔つきになった。 

場所は案内するから、車椅子を押すように頼まれ、病室を出た。 

時刻は20時過ぎぐらいで、1Fに外来の方がちょっぴりいる程度で6階にはナースステーションの明かりが付いているだけで人影はなく廊下の電気は薄暗く非常口の位置を示す緑色の明かりが妙に目立った。 

エレベーターで4階を指示され、上ってきたエレベーターに乗ろうとするが、そこには主任の看護師さんも乗っていて詰んだ、と思ったが看護師さんは俺を見て 

「ん?忘れ物?気を付けて帰りなさいよ」 

とだけ、言い降りていった。 

まるで目の前のA美をスルーするかのように。 

俺は内心怖かったんだ。これからどこに行くのか。 

A美の指示に従い、廊下を歩いていくと目の前に渡り廊下の姿が見えてきた。 

こんな渡り廊下知らない・・・ 

俺は実習でこの病院に何か月もいたし、病棟の位置はすべて把握しているつもりだった。 

だが、この渡り廊下の存在は知らなかった。 

じゃあ、この廊下の先にあるものはいったい・・・ 

「旧病棟だよ」 

A美はニコニコしながら言った。 

もちろん、医科大の学生として旧病棟の存在は知っていた。 

でもつい最近取り壊しが行われたっていうのが俺が知っている情報だが、A美の言うとおり現に今、目の前にあるのが旧病棟の入り口である。 

てか、関係者でもなんでもないA美がなぜ旧病棟の存在を知っているのか不思議だった。 

A美に言われるがままに入り口まで来たが、中を見渡す限り真っ暗。 

いや、ホントに闇なんだ。

なんで、旧病棟なのか尋ねると 

「だってここって出るんでしょう?ワクワクするじゃん!」 

俺は後悔したが、遅かった。 

施錠されていることを期待したが鍵は開いていて、結局旧病棟に入ることにした。 

「先生、これ持ってた方がいいよ」 

と、渡されたのは懐中電灯で、妙に用意がいいなと思いながら電源のスイッチを入れ中に入っていった。 

中には医療道具や、車椅子だったり、見渡す限り倉庫って感じだった。 

病室ものぞいて行ったが、錆びれたベットが一室に4つあるだけの殺風景なものだった。 

言われるがままに、進んでいくと突然懐中電灯の明かりが消えた。 

あの時の焦りは半端じゃなかったね。 

とにかく、ONとOFFを繰り返した。そうしてるうちに明かりがついたが、A美の姿がどこにもいないんだ。

A美は俺が押す車椅子に乗っていて、足は義足だし自力で車椅子を離れるのはほとんど無理なんだ。 

急に恐怖がこみ上げてきた。 

とにかくA美を見つけることを最優先として、フロアを走り回った。 

するとさ、どっからか聞こえるんだ。 

カタカタカタって、 

そう、車椅子を引く音。 

どこから聞こえるんだろうと思い、息を殺して耳を澄ました。 

音は廊下の突き当たりから聞こえた。 

A美かな?と思った。 

でも、直感的に思ったんだ。 

A美ではないと。

んで、姿を見てはいけないって思ってそこから離れようと全速力で出口に向かおうとしたが、出口がどこだったかわからないんだ。 

途中、エレベーターを見つけるが俺は唖然とした。 

旧病棟で、電気なんて止められていると思ったが、エレベータの数字が1から2、2から3、3から4と上がってきているのだ。 

今、俺がいるフロアは4階。 

ピンポーンと、エレベーターから音が鳴った。

もう、この病棟はいろいろやばいと思ったが、遅かったんだ。 

エレベーターの扉が開く前に震えが止まらない足を無理矢理動かして、非常階段を使いとにかく下へ行こうと思った。 

すると、今度は鈴の音が階段の下から鈴の音が聞こえてきてさ、もうほんとにやられるって思ったんだよ。 

初めて入った病棟を訳も分からず、出口求めてひたすら走り回った。 

んでも、鈴の音はどんどん大きくなるし、A美の姿は見当たらない。 

観念した俺は、4階の窓からダイブした訳。 

んで、その時足を強くひねったみたいで、苦し紛れに持っていた携帯電話で119番をコールして、一命は取り留めた。 

不思議と膝の半月板や側副靭帯の損傷はそんなにひどいものではなく、2週間ほど病院に通うことによりギブスはとれた。 

事情が事情なだけに実習は一応合格をもらった。

後で主任のところに実習のお礼を言いに行く際、最後の日のエレベーターでの出来事を聞いてみると 

「なにいってんの。あなた一人だったわよ」 

と、言われた。 

心底、ゾーってした。 

A美についても、A美は俺のことを知らないらしく、主任もA美を担当にした覚えはないという。 

あれはなんだったんだろう。 

今でも、鈴の音はトラウマ。