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横断歩道の手前でぐっと車速を落としてハンドルを固定する。とにかくゆっくり、真っ直ぐに。 

そして心を落ち着け視線を向けた。 

おっさんはいつものように無表情でこちらを見ている。目は何の感情も示しておらず、本当にただ立っているだけだ
 
しかし改めてじっくり見るおっさんは、いつもより不気味だった。何を考えているか分からないというか、得体が知れないのだ。

やがて車はゆっくりと横断歩道を横切っていく。 
目線はおっさんから外さない。怖くても意地で見続けた。 

するとオレが目線を切らないからカラダの向きを変える暇が無いのか、いつも正面からしか見れなかったおっさんの顔の角度がゆっくりと変わっていく。 
車の動きに合わせてゆっくり、ゆっくりと。おっさんは始めの向きのまま微動だにしない。

ついにおっさんの完全な横顔が見えた時、「これはいける!」と確信した。 
おっさんから目線を切らないためにオレも顔の角度を変えなければ行けないため、今や車の後部ガラスからおっさんを
見るような体勢だ。 


当然前なんか見えちゃいないが、気にもしなかった。 
もうすぐで「背無し」の由来に打ち勝つことが出来るのだ。

そうしてゆっくりと永い時間が流れ…ついにその瞬間が訪れた。 

「背無し」の今まで誰も見たことの無い背中が後頭部が、今はっきりと見えているのだ。 
それはあっけない程に凡庸な背中だった。何一つ不思議なところは無い。 
しかしオレの胸にはささやかな達成感があった。 

じっくりと背中を観察し満足感を味わったあと、オレはようやく目線を切って前を向いた。いや、向こうとした。

目線を切って前を向こうとしたオレはしかし、あるものを見て固まった。 
助手席におっさんがいた。もの凄い怒りの形相て。 
心臓が止まったかと思った。 

「うわぁあ!」 

オレは悲鳴を上げブレーキを踏んだ。徐行していたはずの車は何故か強烈な衝撃とともに電柱に激突し、オレは失神した。

翌朝、病院で目が覚めたオレはすぐに警察の聴取を受けた。 
幸いにオレを除いて怪我人は無し。オレの車が全損した以外に大した器物損壊も無かった。 
警察は事故の原因をスピードの出し過ぎによる暴走運転と断定したが、オレは抗議する気力も無かった。 

あんなこと、話す気すら起きなかった。

あれから5年。オレは通勤のために今もあの道を走っている。おっさんは変わらずいるし、相変わらず事故も多い。 
ただ一つだけ変わったことは、オレがおっさんの方を見なくなったことだろう。 
あの時、聴取の警察官がボソッと言った、「今回は連れて行かれなかったか」という言葉が今も耳から離れない。