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この頃の僕の日課というと、ゴミ焼却炉のあるあたりで、人知れずおばけなんてないさを歌うこと。 

なんか、振り返るとあのアパートでの日々のほうが、一年二年と過ごした学生生活よりもよくってね。 

サンドバッグだった頃は、あえて思い出さないようにしてたけど、事態が解決して気が緩むと、ほんと懐かしくて。 

すっごく懐かしくて、福の神様にとどけといわんばかりに歌ってた。 

ある日、気がつくと三階の窓から誰か見てるのがみえた。顔をあげる頃にはいなくなった。 

それから、時折、視線を感じるようになった。なんだかなあと思いつつ、でもほかにこういう歌を歌える場所もなかったので諦めてた。 

しばらくして、視聴覚室での練習日に、見覚えのあるようなないようなってかんじの部外の女子がきた。 

この時の僕は、招待されたJazzセッションのために、Autumn Leavesの練習してたはず。 

これ、Jazz男性ボーカル曲の定番のなかでは、とびきりボーカルの難易度高い。 

歌いながら、あ、なんかきたなと思ってチラ見してたら、行儀よく腰掛けた後でうっとりしていくのが見えた。 

歌い手と聴き手の関係って、ただの送受でおわらいことあるんだな。それが好きなの。 

一曲終わるまでのすごい短期の恋愛みたいになることがあって、それがその時に起こってた。 

陶酔してくれるような聴き手がいると、歌い手も実力以上に歌えたりするんだ。 

僕はどっちかっていうと、ちやほやされるところが原点だから、歌い手としては致命的なほどメンタルが弱くってさ。それが、デビュー出来ずにおわった原因なんだけど。 

具体的なオーディションとかでは、面接官って仏頂面なことがおおいからね、勝手に調子崩して沈むって失敗繰り返してたのさ。 

ましてや、練習なんていうと、粗が出て当たり前なのに、すごく気持ちよく歌えたんだ。 

「今日はいつものおばけの歌は歌わないんですか」 

「え?」 

「おばけってなんすか先輩」 

「おばけなんてないさ、おばけなんてうそさって」 

「エー!?先輩ああいうのも歌うんすか」 

怖がりだったんすかーとかからかわれまくったなあ。

「…んー、まあ思い出の曲でね」 

「あ、すみません。内緒?」 

「…いいけどね。秘密の練習場所によく来てたのって君?」 
「はい。ここ数日みかけなかったので」 

「本番近いから調整でね。いや、でも嬉しいな。わざわざ来てくれるなんて」 

「あ、私法学部二年の潮田です」 

「法学部?頭いいんだ。僕は文学部の三年の三木。僕の偏差値で入れそうなのが、史学科だけだったってかんじ」 

「さっきの歌、良かったです」 

「みてて分かったよ。ありがとう。あんまり居心地良さそうだから調子出たよ。部内だとJazzとか興味あるの少なめで、Rockとか中心だからさ」 

「専門は童謡とかわらべ唄ではないんですね」 

「ジャンルはごった煮。サブちゃん歌ってさぶーとか言われるし。そこらの後輩に」 

「いや、そんな絶対零度なギャグ言いませんて。そういや、先輩、ほんっと色々っすよね。歌い分けばっちりだし」 

「演歌好きのおじさんとか、ポップ好きのおねえさんとかに囲まれて育ったからね。最初っから特定ジャンルに傾倒せずに、色々齧ったおかげかな」 

「おもしろいご家庭なんですね」 

「ああ、いや。家庭っていうか、家が旅館でね。ファミコン代わりにカセットテープ時代のカラオケの機械で遊んでたから」 

「あ、おぼえあります。ゲームボーイ欲しかったんですよ、結局買ってもらえなかったな。…また、来てもいいですか?」
 
「もちろん。興味あるなら、入部する?」 

「カラオケ上達なんて気分で入ってもいいんですか?」 

「どうぞ。目標なんて、個々でそれぞれだし。僕もマイペースに上手になりたいってだけ」 

「凄く楽しそうだから。入部、します。かけもちなんですけど」
 
「他になにかやってるの?」 

「創作ダンスをちょっと」 

「大人しそうに見えるのに、案外運動好きなんだ」 

「いえ。断りきれなくって」 

「ああ、その気持は、とってもよくわかる」

「そうだ。あの方も部員さんなんですか?」 

「あの方?」 

「えっと、セーラー服の」 

「…え?」 

「はじめて、歌声に気づいた時にみかけて。なんだか楽しそうで。 
 それで、ふと足を止めたら、先輩の歌が聞こえたんですよ」 

「セーラー服…」 

「はい。大学構内だから目立ちますよね。あ、漫画研究会とかでしょうか」 

「…いや、多分違うと思う」 

も し や。ええいままよと歌い出す。おばけなんてないさ。 

だけどちょっとだけどちょっとと歌っている最中に、窓ガラスにだけ映る不気味な影がみえたー。 

なんでいるの。連れきちゃってるよ。福の神さま。 

「まじうけるー!軽音でそういうのなしでしょ」 

げっらげら笑い出す周囲。どうもあの福の神様の周りには笑いが巻き起こるみたい。 

で、まあ胸のあったかーい話なんだけどもだね。まーそれだけともいかないんだよ。 

例えば僕が男子トイレに入ってた時に、うひゃあなんて大学生にもなった男の悲鳴が聞こえる。 

も し や、と思うと、今なんか清掃具入れに入ってく女みたとか震えてる。 

あけてみてももちろんいない。 

研究棟の屋上で、誰もいないからと気分よく歌ってたら、下のほうであがる悲鳴。 

も し や と思って降りてみたら、女の子が上から落ちてくる女性をみたとか半狂乱。 

これってもしかしてお祀りねだられてるのかと、理解。 

とりあえず悪戯っこに戻った罰として、折り紙でつくった箱に油性マジックで神棚って書いたら、霊障収まった。 

結局、大学卒業まで女将候補はあらわれず。ま、馬鹿なのに卒業できたという幸運には恵まれたかな。 

実家に戻ってからは、時折セーラー服の女性が、従業員の入浴時間の外れに露天風呂で目撃されたりしてなんだかもう、押しかけ女房されちゃってる気がしないでもない。 

今では、潮田さんとか事情知ってて、それによるとさ。 

実はね。アパート暮らしの時にお供えしてたものさ。 

貧乏暮らしだったから、なんかもったいなくって、お供えしては飲み食いってやってたのよ。 

供えるためにかってきた日本酒に手をつけたのも一度や二度じゃなくってね。 

どうもそれがとってもまずいんじゃないかって話。 

みんなきをつけてね。お供えものには手をつけちゃダメダメ。