530 : 宿坊3/5[sage] 投稿日:2010/10/29(金) 19:03:14 ID:xzIYkIO30 [3/5回(PC)]
たまたま連れがクリスタルチューナーを持っていたので、それを部屋の壁4面、床、天井に行う。 
高い澄んだクリスタルの音に、ようやくホッと息をつく3人。 
その子がモゴモゴ唱えながら何やら手を合わせて、部屋に結界を張ってくれた。 
「とんでもないところを選んだねー」と連れが私を見る。 
そう、この宿泊施設を選んだのは他ならぬ私だ。でも嫌な感じは来るまで全く感じなかった。 
どうして守護霊さまセンサーが働かなかったのか? 
私は霊の類いは視えないが、やばそうな人とか、本気で近づかない方が良い場所というのは「何となく」わかることが多い。 
誰にでもあるような感覚だと思うが、そういう時は直感を信じるようになってきた(当然若気の至りの失敗談もある)。 
ともあれ、その後はとくに神経を過敏にする必要もなく、小部屋から持ち帰った書道セットで写経をしたり、 
恋バナに花を咲かせたりしながら、のんびりと過ごして就寝した。 
ちなみに、小部屋へ一度書道セットを取りに行ったときが、また恐怖だった。 
あの感覚をどう表現したら良いのだろう。 
誰もが特に何かを「視た」という訳ではないのだが、闇が質量を持ったようなネットリとした感じ、チリチリと 
うなじの毛が逆立つような、神経の感覚がゆったりと狂ってゆくような、悪酔いをしてしまうような、そんな感覚。 
1人では絶対に居られない、と2人は口を揃えて言い捨て、早々にその階を後にした。 

翌朝は、お寺の本堂で読経に参加できるということで、早めに起きて本堂へ向かった。 
怖いという感覚も、直接何を視たという訳でもなく、朝もや煙る朝日の下では夢のようで、私は元気を取り戻していた。 
朝が早いせいか、朝日が雲にさえぎられるためか、はたまた本堂の中の電気が弱いせいか、本堂は不思議なくらい薄暗い。 
私たち以外にも何人かが訪れ、パイプ椅子に腰掛ける。やがて、この寺の住職という方が現れておもむろに読経が始まった。 
お経を上げ始めてややも経つと、おかしな感じがしてきたので目をあげた。何だか先ほどよりも本堂の中が暗い。 
暗いモヤのようなものが充満し、煙のようにゆっくりとたゆたうように移動している。 
それはやがて私たちの後ろにまでやってきた。

 
532 : 宿坊4/5[sage] 投稿日:2010/10/29(金) 19:13:20 ID:xzIYkIO30 [4/5回(PC)]
と、その時ふいに連れのお経を読む声のトーンが変わった。 
微妙に住職の声のトーンを外れ、不協和音を奏で始めた。となりのその子は、蒼白な顔でつぶやくように唱えている。 
呼吸が難しくなったような息苦しさを覚え、視界に霞がかかる。 
苦しい。早くここを出たい。 
頭にキーンと何かが突き抜けて行くような感覚。ネットリとした闇の感触は、昨日感じたモノと似ている。 

ふいに理解が落ちてきた。 
遅まきながら、ここはヤバイ。生きている人間がいるべき場所ではないと。 
読経が終わり、住職が写経に書かれた氏名を読み上げお焚き上げをする旨を伝え終わるやいなや、 
脱兎のごとく私たちは本堂を飛び出した。 
「あー、とんでもないお寺だった!」と連れ。 
「わざと住職と声のトーンを外したのよ。あれ以上集まられたらたまらない」なるほど、そういう理由で音を外してたのか。 
音痴なのかと思いかけたことは頭の隅に追いやり、何となく納得していると、「早く戻ってお塩を借りよう」とその子。 
宿に戻り、読経に参加していたはずの宿泊客が、葬式帰りのように入り口前で塩を所望する様子はどう映ったのか、表情に出ない女将さんから塩壺を受け取り、私達はそれぞれに頭から塩を振った。 
すっかり身体が冷えた状態で宿の朝食を早めに済ませ、次の予定もあるからと逃げるようにその宿を後にした。 
チェックアウトの時、女将さんに「また是非いらして下さいね」と柔らかく微笑まれて、こわばった笑顔の3人。 
申し訳ないような気がしないでもなかったけれど、本当にもう二度とは行きたくない。 
結局あれらは何だったのか。



533 : 宿坊5/5[sage] 投稿日:2010/10/29(金) 19:18:57 ID:xzIYkIO30 [5/5回(PC)]
帰りの新幹線の中、尋ねた私に連れ曰く「とにかくすごい量の負のエネルギーの固まり。欲望とか、煩悩が凝り固まって怨霊化の一歩手前みたいな(このお寺は俗欲を満たすためにあるような、大きな朱塗りの鳥居のある神社のすぐ近くにあった)」。 
と、それまで座席に身を埋め、目を閉じてイヤフォンで音楽を聴いていたその子が飛び跳ねるように身を起こし、 
「今あのお寺の話をしなかった?」 
私は驚きつつ、「うん、してた」と答えると、「もう止めて。考えないで」という。 
不思議に思い、「どうして?」と聞くと、 
その子はイヤフォンを耳に戻しながら、「話してたから来てるよ。あれが」 

前置きに書かなかった事だけど、この旅行の前日から、私は声を奪われていた。 
簡単にいうと、声枯れして、かすれた声を振り絞る感じだった。 
警告だったのかなと今になって思う。生まれてこのかた声枯れしたのはこの前後だけだったから。 

そして、この場所が選び呼び寄せたかった人間は誰だったのか、これも今となってはよくわかる。 
だから、哀しい。 
優れた霊感の持ち主は、どうして、現実世界との折り合いがこんなにも難しいのか。 
その子と過ごした短い時間を思い、こんな肌寒い秋の夜長にはふと思う。