792 : ◆7QPLwJZR/Ypf [sage] 投稿日:2010/11/17(水) 18:30:06 ID:RCMQAUqL0 [1/2回(PC)]

自己責任で読んで下さい。警告したので始めます。 

"歌" 

歌が聞こえることがある。 
どこかの国の古典的なポップスの、印象的なサビだけを取り出したような感じで 
いつも同じフレーズで、同じ歌声だ。 
歌われている言語は、現代日本語で無いことだけは確かだが、 
どこの国の言葉なのかは分からない。 

町の中の様々な場所から流れてきて 
マンホールの中や、ビルとビルの隙間などから漏れてくる。 
時には街頭テレビやスピーカーからや、 
母親に手を引かれた通りすがりの女の子が鼻歌で歌っていることもある。 
家族や友達にもそれとなく話したが、誰も分からないようだし、 
もしかして幻聴だったとしたらかなりヤバイが 
毎日忙しいし、今のところ不快感を感じたりとかの害は無いので放っておいた。 

今日は予備校が午前中に終わったあと、 
夕方に車の教習があり、今はそこから近くの自宅まで歩いて帰る途中だ。 
そろそろ日も沈みそうだし、 
女の夜道の独り歩きは危ないので、すこし足早に進んでいる。 
その最中も町の様々な場所からずっと歌が聞こえ続けていた。 
いつもと同じように性別のよく分からないが、とても透明な声で 
悲しんでいるような、喜んでいるような旋律だ。 
「不思議だなあ」と思いながら、その旋律を初めてハミングしてみる。 
ああ、とても懐かしくて、温かい、どうしてだろう。

 
793 : ◆7QPLwJZR/Ypf [sage] 投稿日:2010/11/17(水) 18:30:53 ID:RCMQAUqL0 [2/2回(PC)]
そんなことを考えていると不意に 
キャッキャッと数人の小さな男の子達が目の前に走ってきた。 
この子達も家路を辿っているんだろうか。 
はやく帰らないと危ないよ。なんて思いながら 
そのまま彼らとすれ違う、すると 
一番最後尾に居た帽子を目深に被った子だけが立ち止まり、振り返って声をかけてきた。 
「ねぇ、お姉ちゃん、憑き護なんだってね」 
驚いて私も振り返る。耳慣れない言葉だが「ツキゴ」というのは私のことだろうか。 
「これから大変だよ。でも頑張ってね。負けないで」 
男の子は帽子を取ると、丸坊主の頭でニコッと笑い、 
素早く私に一礼してから、 
数メートル先を行く他の子達に「まてよぉ!」と叫びながら、 
追いつこうと走っていった。 

私は少し頭がボーっとしたまま、立ち止まっていた。 
あれ…「ツキゴ」という言葉、どこかで聞き覚えがあるような… 
目の前を飛んでいく数羽のカラスがあのフレーズを歌っている。 
いつもと同じ、とても綺麗な歌声で。 
それらに合わせるように町のあらゆる所から、ハーモニーを奏でるように、 
様々な音程と多様な歌声で、 
一斉に同じフレーズが流れ出した。 
私は硬いアスファルトの上、歌の柔らかい波の中に飲み込まれていく 
それは懐かしく温かい感触の中に、どこか哀しい響きのある合唱だった。 
まるで、いままで無くなった沢山の大切な何かを懐かしむように、 
そして、これから亡くなっていく沢山のかけがえの無い何かを悼むように。 

静かな大合唱の中、私は呆然として立ち尽くし 
その背後では、夕陽がゆっくりと沈んでいく。 
町は、暗闇に包まれていった。 

了。