826 : 3/4 便乗者 ◆iWdAqLU3ds [sage] 投稿日:2010/11/25(木) 18:31:23 ID:VRYjfjyZ0 [3/4回(PC)]
ようやく帰途についた男が事の重大さを知った時、すでに全てが遅く、ただ目の前には悪夢が広がっていました。 

託児所の建物が無い。家が無い。知っている人の多くも亡くなり、何より娘は、行方不明になっていました。 
後悔だなんて言葉では物足りない程の感情が押し寄せていると、男の名前を呼びながら知り合いが話しかけてきたそうです。 
「おい、お前の娘が何処にいるかわかったぞ!」 
知り合いは泥まみれの崩れた町の中を先導し、男をどんどんと引っ張って歩きました。 
男は無我夢中でそれに着いて歩き、知り合いが「こっちだ」「こっちだ」と右へ左へと曲がるのに従って行きます。 
そしてかなりの距離を歩き、来たこともないような地区へと辿り着きました。 
こちらの方は大した被害を受けておらず、水没の痕跡すら見当たらなかったそうです。2人は役場のような建物に辿り着きました。 
ここも託児所をやっている、とのこと。 

建物に入った男は、職員らしきおばさんに「娘がここにいると聞いて来た」と告げました。 
「あ~はいはい。今座敷の方で一人で遊んでます。すみませんねぇ、私たちもバタバタしてて、あの子に構ってやれずに……」 
「いえいえ、元々一人で遊ぶのが好きな奴でして、預かって下さっているだけで十分ありがたいです」 
「そうですか、なら良かった。あ、こちらの部屋です」 
おばさんが部屋の扉を開けると、広い座敷が広がっていました。畳の上には散らかったおもちゃ。 
その中心に娘は、 
いない……? 

困惑するおばさん。外に出たらわかるはずだから、外には出ていない、はず、だけど……と、おばさんは大慌てで建物内を探しに行きました。 
男はわけもわからず、とりあえず娘がいたというおもちゃの散らかった場所へ近づくと、おもちゃに囲まれて、何とも言えないものがありました。 
なんと呼べばいいか分からないもの。今までの人生で知らないもの。 
強いて言えば、「花瓶」「壺」「水差し」「器」……そういった系統のものに見えたそうです。材質も色もそれらとは違った印象はあったそうですが……。

 
827 : 4/4 便乗者 ◆iWdAqLU3ds [sage] 投稿日:2010/11/25(木) 18:34:20 ID:VRYjfjyZ0 [4/4回(PC)]
ただその時、男はその物体を見ながら無性に悲しくなり、気付かぬ間に涙がボロボロと零れていました。そして同時に背後から、いや部屋全体から、 
男か女か覚えてないが、とにかく声が聞こえたそう。 
「すぐにわかったね。それがお前の娘だよ。お前の娘の、成仏魂だよ。泣かないで、良い方向に考えなさい。 
娘は成仏したんだ、するはずなかったのにしたんだよ。この好機を逃し、もし別の形で死んでいれば、成仏していなかった。 
そういった意味では、お前の娘はこの上ない絶好の機会に恵まれたと言える、おめでとうと言ってあげなさい」 
「……おめでとう」 
その瞬間、今度はわらべ歌か童謡のような唄が部屋に響き渡ったそうです。 
大勢の小さな子どもたちの声で、聞いたことが無い、知らない童謡。ただ歌詞の中に、娘の名前が数回出て来たのを覚えているらしいです。 
そしてその唄が終わり、ふと気付くと、さっきまでおもちゃに囲まれてそこにあった物体がいつの間にか無くなっていました。 
職員のおばさんが戻って来て、慌てふためきながら何かを言ってましたが、男は「もういいんです」と言って、おばさんの言葉を遮りました。 
その瞬間、男はふと気付きます。 
「連れの者がいたはずですが知りませんか?」 
おばさんは気味悪そうに男の顔を見ながら、そんな人は知らないと言います。 
ここまで案内してくれた人。娘が何処にいるかわかった、と、ここまで男を連れて来てくれた知り合い。 
ふと男は、その人に関する記憶が曖昧なことに気付きます。その知り合いが誰だったかを思い出せないことに気付くのです。 
あの人が誰だったか名前がわからないのではなく、誰が案内してくれたのかが記憶の中で定まらない。顔も、髪型も、背丈も服装も、思い出せないのです。 
あれは誰だ? どうして知り合いだと思った? もしかして初めから誰もいなかったのではないか。 
来たこともないこの場所へと男が来ることが出来たというなら、案内があったことは確かだと言うのに……。 


以上で私がお婆さんから聞いた話は終わりです。 
ただ私がお婆さんからこの話を聞いたのは偶然で、昔お婆さんが男からこの話を聞いたのもきっと偶然で、 
私が後に引っ越すことになるのも、その引っ越し先も偶然でしょう。 
これは男の地元……私が今暮らしている『この街』であった出来事です。