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深夜であった 
宅内が騒然とし、叔父の運転する車に乗るよう命ぜられた 
助手席に座る叔母の横顔を見るに、 

(ああ、おじいちゃんが死んだ) 

この事が分かっていたように思われる 
当時小学四、五年であった私は夏休みを迎えずして生家に帰っていた 
病床に伏す祖父の容態が芳しくなかった為である 


さて、車は病院に着き、叔母の後について祖父の病室へ向かった 
廊下から見えた光景……祖父の蘇生処置はほとんど為されなかったという 

ちなみに私と弟、いとこの姉妹は病室に入ることを許されなかった 
ロビーの椅子に座り、紙コップ自販機で買った飲料を飲んで待った 
特に会話は無かったように思われるが、 

「何だろう」 

私ではない誰かが、まず口を開いた

従姉妹の内、どちらかが廊下の奥を眺めている 
後姿を記憶に見出すので、彼女は椅子の背凭れに片手を掛けるように振返っていた 
誘導灯と……屋内消火栓の灯が反射する廊下が肩越しに見えている 
園児時代に先生方が企画した肝試しのトラウマが呼び起こされ、 

(怖いな……) 

寒気が走ったのを鮮明に覚えている 
やがて怖気付いた私が視点を下げると、 

「お婆ちゃんかな」 

彼女はそのような事を呟いた 
何かしらの会話後、私は寝入ってしまった弟を椅子に横たえ、 

「誰も居ないよ」 

背を伸ばし、身体を揺らしながら廊下を見やった 
祖母であろうか、という期待から恐れを忘れたようだったが、 

(あれ、でも居るのかな……) 

廊下の奥、誘導灯に染まる階段の入口辺りに誰かが居るような気がし始め、 

「あっ……」 

と言う間もなく、黒色か緑色、不明瞭な軟体が廊下を這って出た

塩分に身体中の水分を奪われ、のたうちもがくナメクジを連想した 
ナメクジが、びたりびたりと痙攣しながらも音無しに迫り来るようだった 

はたして叫んだのか、大声で泣き喚いたのか 
弟を起こして出入口へと逃げた記憶はあるが、結局、出入口には辿り着けなかった 

逃げている途中で、駆けて来た母に「どうしたの」と肩を掴まれたからである 
この時、既にナメクジの姿は消えていたが……影くらいはあったのかも知れない 
死角と影ばかりの廊下、隠れられる場所は幾らでもあるのだ 

さて……錯乱しながらも事の次第を母に伝えると、 

「~色(何色であったかは失念した)の男の子だったよ」 

傍らの姉が洪水を呈した表情で息巻いた 
弟妹の二人に至ってはパニックを超えて虚脱しており、もはや参考にならない 
その後は……母によって外に出され、叔父の運転で宅へと戻された

「ナメクジだった」 
「男の子だった」 

宅に戻されてからも、暫くはこの会話をしていたように思う 
弟妹に関しては「何か怖いもの」と表現するに留まった 

今にして思う 
あれが集団ヒスであれ、何かを見たという点において一致していた 
のたうち回るナメクジなり、人外の色をした男の子なり、怖いものなり、 

(あまり褒められた類のものではないだろう……) 

これも全員の一致を見た点であった 
祖父の霊魂が孫らとの最期に……ならば良かったのだろうが 
そういえば祖父は背の低い人であったが、これはこじ付けのような気がしてならぬ 
何より亡き祖父の名誉に関わる問題になりかねない 

偶然に通ったもの、元より居たものを見てしまったのか 
祖父の逝去に立会い、幼かったなりにショックを受けて幻覚を見たのか 
いずれにせよ、この日本国で人死にや因縁に触れなかった地面は皆無に近いだろう 
それを考えるだけで、 

(心霊か、幻覚か、起きうる土壌は出来ているらしい) 

病院だから……などと言い切れぬ現象であったように思われるのだ