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部屋に戻ると布団がきれいに敷かれていて、二人は普通にくつろいでいたようでしたが、戻った私を見て何事もなかったか聞いてきました。 
私は最初に起きたことと、今浴場で起きたことを二人に話しました。 
仕事柄もありますが、私たちは今までの出来事を整理しました。(SEは論理的に物事を整理して考える癖みたいのがついているのです)

1.最初に私のからだをゆすった奴(夢の可能性あり) 
2.血だらけの顔でもがいていた女(夢の可能性あり) 
3.湯船につかっていた男(二人が見ている) 
4.鏡に映っていた男(村田が目撃) 
5.私の足をつかんだ手(男湯だから男?) 
少なくとも複数の幽霊らしきものが立て続けに出没したことになります。

誰かに恨まれるようなことはないか、旅の途中変なことはなかったか、など私たちは話し合いましたが思い当たる節はありませんでした。 
女将さんに相談することも考えましたが、あんまり失礼なこともできませんよね。 
自分で言うのも何ですが、私たち3人は皆比較的穏やかな性格でした。。 
たぶん一番怖い思いをしたのは私だと思いますが、悪いことをしていなければ何も恐れることはない、という信念がありましたので、二人にそう言い聞かせて、とにかく一晩頑張ろうということになりました。 
この時、私は幽霊というかそういうものの存在を少し信じるようになっていました。 

ちなみにテレビはありましたが、離れのためか室内アンテナで映りが悪く見られません。 
何か人工的なものがないと怖かったので、これも雑音がひどかったですが、ラジオをかけっぱなしにしていました。 
気がつくと外は雨になっていました。窓を打つ雨の音、時折聞こえるヒューという風の音。 
普段はなんのことはない音ですが、こういう時は結構恐怖なもので、誰かが窓を叩いているような、そんな錯覚に陥りそうでした。 

11時をすぎ、私たちは電気を消してみな布団に入り、話すともなく話をしていました。 
そのうち村田が会話に入ってこなくなりました。多分寝入ったのでしょう。 
私もいつの間にか睡魔に襲われて、うとうとしだしていた時、突然金縛りにあってしまいました。 
それまで金縛りは幾度となく経験がありましたが、この時は格別に恐怖でした。 
なぜなら初めて幻聴を聞いたのです。「ぎゃぁーーーーー、ぎゃぁーーーーー」 
体が動かず息もできない状態で恐ろしい女の声だけが繰り返されていました。 
うまく表現できませんが、キャーではなく肉体を切り裂かれたときに出すような悲鳴でした。 
金縛りは不思議なもので、その時は夢ではないと思っているのですが、ふと目が覚めるのです。 
心臓はバクバク状態で、とにかく早く上体を起こさないと再び金縛りに入るのは過去の経験でわかっていましたので、頑張って状態を起こしました。 

肩で息をしていたと思いますが、田中が異変に気がついてくれて電気をつけ私を気遣ってくれました。 
私はまだ、金縛りがもたらした幻聴であって幽霊がどうのとかは断定はできないと思っていましたので、必要以上に怖がらすような事はしませんでした。

以下は、翌日失礼のないように、女将さんから聞いた話です。 
一昨年の丁度今頃、中年の夫婦が3連泊の予定で泊まりに来たそうです。 
特に不審な様子もなかったそうですが、二人は最後チェックアウトをした後に、旅館近くの小さな崖から飛び降り自殺を図ったそうです。 
男性の方は即死でしたが、女性の方が亡くなったのは翌日でした。 

女将さんの話では、二人の霊はこの旅館に居ついているのではなく、お客さんが連れてくるのではないかとの事でした。 
感性の強い方のようで、お客さんが来た時、連れてきた場合はなんとなく予感がするそうで、最初私たちを断ったのもそのためだったとの事でした。 
年に数回妙なことがあるそうで、どうしたものか、悩んでおられました。 

私が一つだけ理解に苦しんだのは、私の足をつかんだ理由です。 
恐らく湯の中に引きずり込もうとかではなく、何かを訴えたかったのではないかと考えています。 
女将さんの話を聞いてそのように思いました。 
私たちは野生の草花でしたが花束を作り、自殺したと思われる場所に置いて3人で手を合わせてその場を後にしました。