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    オーパーツ

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    古代エジプトのグライダー とは、BC200年前後のプトレマイオス朝時代(したがって、時代区分から言えば「古代エジプト」ではない)の墳墓から発掘された、15センチほどの木製品のことである。

    カリル・メシハという医学博士がこれを飛行機だと主張し、同様の模型を作成して飛ばしたところ、かなりの距離を滑空することが判明したと言う。

    軽量のいちじくの木で作られていることから、模型を小型飛行機の大きさに拡大しても十分に飛行が可能であるとも言われている。

    だが、この模型を自由飛行型模型飛行機として見た場合、主翼と垂直尾翼は備えているといえるが、水平尾翼に相当する部分がないため、ピッチ安定が極めて不充分であり、また主翼には上反角が付いていないため、ロール安定性にも乏しい。

    したがってこの模型が滑空するとは考えられず、「同様の模型がかなりの距離を滑空した」という証言には疑問がある。

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    1945年7月、ドイツ人実業家ワルデマール・ユルスルート(en:Waldemar Julsrud)がアカンバロの町外れにある通称「牡牛山(ブルマウンテン)」の麓で奇妙な土器を発見。

    考古学マニアであったユルスルートは使用人のティナヘロとその息子に発掘を命じたが、土偶は日々大量に出土しその数は最終的には七年間で32,000体にものぼった。

    2004年現在アカンバロで発掘された土偶は37,000点以上に及ぶ(ただし、その全てが恐竜土偶というわけではない)。

    ユルスルートは考古学的な調査が行われる事を期待していたが、考古学者チャールズ・ディ・ペソ(en:Charles C. Di Peso)によって捏造との指摘を受けた事に落胆し、1952年を境に土偶の収集を中止した。

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    この機械は1901年にアンティキティラの沈没船から回収されたが、

    その複雑さや重要性は何十年もの間気づかれることがなかった。

    紀元前150 - 100年に製作されたと考えられており、同様な複雑さを持った技術工芸品は、その1000年後まで現れることはなかった。

    フランスの海洋学者ジャック=イヴ・クストーは1978年に最後に沈没船を訪れているが、

    「アンティキティラ島の機械」の残りの部分を発見するには至らなかった。

    アンティキティラ島の機械に関する最新の研究を指導しているカーディフ大学のマイケル・エドマンド教授は

    「この装置はこの種のものとしては抜きん出ている。デザインは美しく、天文学から見ても非常に正確に出来ている。機械の作りにはただ驚嘆させられるばかりだ。これを作った者は恐ろしく丁寧な仕事をした。歴史的にまた希少価値から見て、私はこの機械はモナ・リザよりも価値があると言わねばならない」としている。

    実物はアテネ国立考古学博物館の青銅器時代区画にデレク・デ・ソーラ・プライスによる復元品と共に展示されている。

    その他の復元品は米国モンタナ州ボーズマンのアメリカ計算機博物館、マンハッタン子供博物館に収められている。

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    デリーの鉄柱とはアショーカ王の柱の一つで、インド・デリー市郊外の世界遺産クトゥブ・ミナール内にある錆びない鉄柱のこと。

    チャンドラヴァルマンの柱とも。

    99.72%という高純度鉄で作られており、表面にはサンスクリット語の碑文が刻まれている。

    直径は約44cm、高さは約7m、地下に埋もれている部分は約2m、重さは約10トン。

    現在はデリー南部郊外メヘラウリー村のイスラム教礼拝所やその他の種類の歴史的建造物が集まったクトゥブ・コンプレックス(Qutb Complex)内にあり、インド有数の観光スポットになっている。

    紀元415年に建てられたといわれる。

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    当時知られていた最新の地理知識を使ったと考えられる航海地図で、1929年にイスタンブルのトプカプ宮殿博物館に収蔵された写本類の中から発見された。

    地図はガゼルの羊皮紙で作られたもので、インド洋を描いていたと思われる右半分は失われてしまっており、現存する部分は大西洋を中心に描いた左半分の断片である。

    大西洋を描く残存断片はこの海域の航海図になっており、陸地としてイベリア半島とアフリカ大陸北西部、南北アメリカの東海岸、および南アメリカから伸びる陸地が描かれている。

    南アメリカから伸びた陸地には、周辺を航行する船と、動物が描かれている。

    この地図は、クリストファー・コロンブスがアメリカ大陸を「発見」し、アメリゴ・ヴェスプッチが南アメリカを調査してから間もない時期に描かれているにもかかわらず、

    アメリカ大陸を非常に詳細に描いており、コロンブスやヴェスプッチの原図が失われた現在では、アメリカ大陸を描いた史上最古の地図といわれる。

    地図に付された文によると、この地図は1513年に作成され、1517年にエジプトを征服したセリム1世に献呈された。

    ピーリー・レイースは、総計で33枚の地図を参考にしたという。

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    スペイン語でラス・ボラス・グランデス(大きな玉)。

    石球のほとんどはタラマンカ山地のふもとに産する花崗閃緑岩が素材であるが、貝殻石灰岩によるものも少数存在する。

    大きさは直径2センチの小さなものから直径2メートルを超えるものまでと様々である。

    最大級の石球は重量にして約25トンである。現在、石球の持ち出しや売買は法律で禁じられている。

    誤差数ミリのほぼ真球であるとする主張もあるが、実際にはそのような計測結果は示されていないとする説もある。

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    コロンビアの首都ボゴタにある、国立銀行付属黄金博物館に展示されている。

    大きさは幅5センチ、高さ1センチほど、手に乗る大きさでペンダントなどの装飾品であったと思われる。

    これを鑑定した動物学者のアイヴァン・T・サンダーソン博士は、他のどの生物とも似ておらず、三角翼と垂直尾翼がありジェット機やスペースシャトルにも見えるといったことから、「ベル・ヘリコプター」の設計者として知られるアーサー・ヤングに検証を依頼した。

    彼の検証の結果は、航空力学の理にかなった形状をしているというものだった。

    これ以外にも、垂直尾翼がないもの、翼が大きく湾曲しているもの、目があるもの、ヒレや羽などの模様がついているものなどがある。

    また、発見場所のコロンビアとナスカの地上絵のあるペルーが場所的に近いことや、黄金スペースシャトルとナスカの地上絵の造られた年代が一致することから、なんらかの関わりがあるのではないかとも言われているが、定かではない。

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    現在、十数個が確認されており、そのほとんどがマヤ文明やアステカ文明、インカ帝国といった中南米の考古遺物とされている。

    当時の技術水準から考えてあまりにも精巧に造られているとも思えるためにオーパーツとして取り上げられる。

    イギリス人のF・A・ミッチェル=ヘッジスが1927年にベリーズ南部の古典期の遺跡ルバアントゥンで発見したとされる。
    ミッチェルの養女アナの17歳の誕生日に発見され、彼らが遺跡の調査を中断して水晶髑髏を私蔵したため。

    様々な憶測を呼んだ。このヘッジスの水晶髑髏(ヘッジス・スカル、運命の髑髏などとも呼ばれる)は実物大で、解剖学的にみても精緻に造られている。
    ヘッジスの水晶ドクロは、1個の水晶から造られていて「下顎骨」部分は、取り外し可能である。

    道具による加工痕がない。また、ひびも入っていない。
    水晶の石目を無視して彫られている。

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