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何度も足を運んだ山で、たった一度だけ通った道がある。
いつもの沢筋へと続く道から分岐し、大きな木の根元をかすめるように右側の斜面を登る、ほんの一筋の地面が見えるだけの道。

獣道といえばそれまでの話だが、獣とはいえ、普通はそれなりに歩きやすい道をたどるものだ。そのため、獣道が途切れたとしても、その続きを見つけるのは、土地に慣れた者であれば、決して難しくはない。

道には必ず必然性がある。
山道から外れた所での遊びを楽しむことが多かった俺たちは、獣道をよく使ったが、たどっていたのは、道そのものではなく道が抱える必然性だったように思える。

その道には、そこにあるべき必然性が感じられなかった。
水場や餌場への近道ではない。
糞が落ちていないことにも気付いた。
人が通うには、幅が狭すぎる。
それでも、細く露出した地面が示す道をたどった。

やがて道が途切れたが、必然性のない道の続きを探すのは、容易ではない。
一息入れようとザックをおろし、ポリタンクを引っ張り出すと水を飲んだ。
ポリタンクを口にあて、仰向いて喉を鳴らすと、妙なのが居た。

ごつごつした岩のような顔の男で、目、鼻、口、耳といったパーツの作りがやたら大きく、ゆるんだ口からのぞける歯は真っ白で、真四角だった。
岩さえ砕いてしまいそうな歯を剥き出しにして、笑っている。

そいつが、にたにた笑いながら俺をじっと見ている。
距離は5メートルか7メートルか、まあそんなものだ。
顔より奥、頭の中でも覗かれているような気がした。

その顔があっという間に近付き、頭上を通り過ぎた。
細い尻尾のようなのが、俺がたどってきた細い道に垂れ、
後姿になった頭を追うように滑って行く。

そこに居てはいけない気がして、後を追った。
頭は時折振り返り、やがて山道との分岐点に着くと、巨大な手で
そこにある巨木を鷲づかみにすると、激しく揺さぶった。
「なぜ閉め忘れたか!」
その声に山が震え上がり、木々がびりびりと鳴り、風が止まった。
山全体が、そいつのすることを見守り、固唾を飲んだ。

めりめりと音を立て、噴き上げられるように巨木が地を離れた。
音もなく巨木が粉々になり塵になり、風に運ばれて散った。
風に運ばれ、山に散った木の粉は、彼から与えられた強烈な
メッセージであるような気がした。

そいつが振り返り、俺と目が合った。
目が合った時には、その顔が目の前にあり、あっという間に
右耳に吸い付かれた。
ひどく乱暴に、何かが耳の穴から吸い出され、頭の中に
大きな音が響いた。

顔だけになったそいつが斜面をゆらゆらと戻り、わずかに
細く露出していた地面は、あっという間に見えなくなった。

右奥の親知らずが無くなっていたが、それに気付いたのは
数日後だった。
その後も何度かその山へ行っているが、どうしても
その時の獣道を見つけられない。